レガス帝国⑤
今のは俺に声をかけたのだろうか。一応声がした方を振り返る。
「おにーさん!こんばんは!」
「ああ、こんばんは。」
・・・誰もいない。
あ、下か。
「おにーさん!わたしのこと買うー?」
視線を落とすと、そこにいたのは130cmくらいの可愛い少女。見た感じ12~13歳くらいだろうか。
しかしこんな子供も娼婦やってるのか。まあこの世界に売春を禁止する法律はないし、年齢制限もない。生きる為に子供が身売りするのはよくある事だ。
「う、うーん・・・」
可愛いとは思うが、さすがにこん少女を買うのは倫理的にどうなのだろう。地球だったら間違いなく捕まるやつだ。それに俺は別に少女趣味ではない。買うのであればコハルやヨギリのような大人のお姉さんがいい。
まあ娼婦を買った事なんて一度もないんだが。
「わたしやすいよ!おすすめ!」
「そうなんだ。いくらなの?」
「えっとね、300銀だよ!」
おかしい、それは安すぎる。ノーテファル王国では娼婦を買うとしても300銀くらいからだ。それなのにその半分以下というのは明らかにおかしい。この国の物価のせいでもないだろう。先程の市場や酒場で食べ物の値段を見たところ、ノーテファル王国と差はほとんどなかった。
彼女の容姿、年齢からするに、俺の見立てでは400銀くらいは取っても問題ない。それなのに50銀とは一体どういうことだ。
「それはちょっと安すぎないかな?」
「んー?そうかなー?」
何か裏がありそうだし、ここは適当に断ろう。
「お兄さん、少女はちょっと趣味じゃないんだ。ごめんね?」
「あ!それは大丈夫!わたし30さい!」
――は?30歳?
(ハル、その子、獣人や。)
ヨギリが小声で呟く。
(あ、そういうこと・・・)
なるほど、獣人だから見た目が若い。そして安い。しかし人族でないだけでここまで安いとは思わなかった。ノーテファル王国でもそうだったのだろうか。でもあそこの娼館は人族の嬢しかいなかったのでよく知らない。
(あの国でもこういうお店はあったわよ。ただ別のところにね。私達が店を構えてたところは人族の娼婦しかいなかった。まあ胡蝶は特殊だけどね。)
(そうなのか・・・どうりで知らないはずだ・・・)
確かに特殊だ。裏事情を知った今なら余計にそう思う。ユイカ達は人化していたので問題はなかったとしても、アマネ、コハル、ヨギリはそうじゃない。サクヤも人化してないから狐人族のままだった。それなのに胡蝶はあの場所で問題なく営業出来ていた。
(うちはある意味凄いんだな。)
きっと全部彼女達の名声のおかげなのだろう。アマネ達は元S冒険者。サクヤはA。そして何より全員が美しい。どんな男でも彼女達を一目見れば虜になる美しさがあったからこそなのだろう。
(そうね。あそこで娼館する為には確かに色々したわ。)
俺がアマネに拾われた時、アマネは既にあの街に娼館を構えていた。きっと事前に色々と根回ししたのだろう。そして俺が今の胡蝶に引っ越しを提案した際もすんなり受け入れられた。これもやっぱり彼女達が裏で色々動いてくれてたんだな。
(ルコ達は凄いな。)
(ううん、そこを切り盛りしてくれてたハルさんが一番凄いのよ。私達だけじゃ無理だったわ。)
(そんなことは・・・)
「ねえおにーさん?誰と話してるの?」
しまった、ついコハル達と話し込んでしまった。
「あ、ごめんね。ちょっと考え事してたんだ。」
どうやらこの少女には俺が独り言を話しているように見えたらしい。アマネが言っていた認識阻害系の魔法のせいだろう。
「ふーん・・・?それでおにーさん、わたしを買わない?」
「・・・1つ聞くけど、君は獣人なの?」
「うん?そうだよ?」
でも獣人の特徴である耳や尻尾がない。手や足も普通だし、毛深くもない。どこからどう見ても普通の人間だ。
「えっと・・・獣人には見えないんだけど?」
「・・・え?あ!ごめんね!わすれてた!今日はお買い物行ったから隠してたの!」
そう言うと目の前の少女は目を瞑り、「えぃ」と力を入れる。
すると頭の上からぴょこっと可愛い犬耳が生えてきた。そしてお尻からはポコっともふもふの尻尾が飛び出した。
「お、お、おおおおお嬢ちゃん!俺の専属のメイドさんに・・・――ブホッ!!!ゴホッォ!!!」
「何アホな事いうてんねん!!!しばくで!!!!」
「このど変態!!何気持ち悪い声出してるのよ!!!」
「お主!!!いっぺん死ぬがよい!!!」
待って、ごめん、冗談だから。犬耳見て興奮しちゃっただけだから。本当に死ぬのでやめてください・・・と弁解する暇もなく、俺は地面に転がされた。
「おにーちゃん、どうしたの?なんで地面と遊んでるの?」
犬耳の少女が不思議な顔でつんつんと突いてくる。
「・・・いやちょっと・・・地面を転がりたい気分だったんだ・・・」
「そうなの?汚いからやめたほうがいーよ?」
ごもっとも。
しかしこの認識阻害系の魔法、最悪だ。アマネ達にしばかれてるのに、誰にも気付いて貰えない。というか1人で奇声を発してる変人に見られている気がする。
「それでおにーさん、どうするの?」
「えっと、君の名前は?」
「わたし?ミミだよー。」
聞き覚えがある名前だ。ああ、確か酒場で・・・
「うーん、じゃあ50銀払うからここを案内してくれない?この街は初めてだから色々教えてほしい。」
「え?案内だけ?わたしとえっちは?」
「案内だけでいいよ。ダメかな?」
「おにーさんがいいなら私はいいけど・・・」
ミミは本当にいいのかなと首を傾げている。
「それでいいからおねがい。」
「でもそれだけじゃ悪いから最後にちょっとだけサービスするね?」
「しなくていい!案内だけでいいよ!」
余計なサービスはしなくていい。いやほんとに。メイドとして雇おうとちょっと口を滑らしただけであの仕打ちだ。もし本当にこの少女を買おうものなら・・・うん、想像したくない。
はぁ・・・しかしアマネ達があそこまで怒るとは。見た目が子供だからだろうか。でもそれを言うならアマネも完全にアウトなんだが。まあさすがに俺もこの子を買おうとは思わないが。
でもいずれは娼婦を買う事になる。胡蝶を再建する国を決めたら、花街を調査すると言う意味で、一度は娼館に行くべきだ。色々確認する為には実際に行くのが早い。だがアマネ達がそれを許してくれるだろうか。まあよく「私の事買わない?」って冗談を言ってくるくらいだし、大丈夫だとは思うが・・・なんか怖い。
「そう?まあおにーさんがそう言うなら・・・」
そんな残念そうな顔しなくていいから。
「じゃあ案内するね!こっちだよー!」
そう言ってミミは俺の手を握る。
「ちょ、ちょっと!手は別に握らなくていいから!」
「いいのいいの!これくらいはサービスするよー!」
俺は必死に振り解こうとするが、獣人だけあって力が強い。しっかり握られてて離せない。どうやらこのまま行くしかなさそうだ。
ああ・・・後ろからの視線が怖い。
「よかったなぁ?可愛いわんちゃんと手繋げてほんまええなぁ?」
「ふふふふふ、これはあとでゆっくりお話しする必要がありそうね・・・」
「これは飼い主が誰か一度しっかりわからせてやる必要があるの・・・くくく」
怖い、怖いから。
「そ、それでミミ、この辺の娼館っていくらくらいなの?」
よし、もう後ろは無視しよう。それがいい。
「えっとー・・・あの辺のお店は1時間で200銀くらいかな。一晩だと500銀。」
ミミが指差した店は一般的な人間が娼婦をしている店。ノーテファル王国とほとんど変わらない。やはりそんなものか。
「なるほど。ちなみにミミのような獣人だと?」
「うーん・・・大体20~50銀かな?一晩だと100銀とか。」
そんなに下がるのか・・・。人族至上主義が常識として浸透している世界だと仕方ないのかもしれないが。俺だったら100金くらい出してもいいと思うのにな。価値観の違いって怖い。
「ミミも?」
「わたし?わたしは一晩30銀でいいよ?おにーさん価格!」
そんな特別割引いらないから。そういう意味で聞いたんじゃないから。
「えっと・・・ありがと。それでこの辺で一番高い娼館ってどこ?」
「う、うーん・・・どこかな・・・どこが一番だろ・・・。ちなみにおにーさんいくらまで出せるの?」
「そうだな、一晩100金までならいいよ。」
とりあえずうちの嬢を一晩買うのに必要な平均的な金額を言ってみた。そんな高級娼館さすがにないとは思うが。ちなみにアマネ達は高すぎて論外なので引き合いには出さない。
「100!?もしかしておにーさんお金持ち!?」
ミミが犬耳をピーンと立て、興奮気味に聞いて来る。
「ま、まあ・・・そこそこには?」
「わ、わたしを身請けしない!?損はさせないよ!わたしの身請け金100金だよ!一晩で100金使うより絶対いいって!私にしない?ねえ?」
そしてここぞとばかりに胸を押し付けてくる。うん、アマネよりはあるな。
違う、そうじゃない。
「お、落ち着け!とりあえず100金あればここの娼館はどれでもいけるのか?」
「そりゃいけるよ!どんなに高くても一晩1金ちょっとだよ!」
1金か。なら胡蝶の今まで通りの値段設定でも問題なさそうだ。うん、レガンハイムは街の雰囲気こそイマイチだが、花街だけ見るなら全然ありだ。
「それより私を身請けした方がいいと思うよ!ねえ、お願い!」
玉の輿に乗るチャンスだと思ったのかもしれない。ミミが必死に自分の良さをアピールしてくる。
「いやいや、そんな簡単に身請けされちゃダメだよ。俺とは会ったばっかでしょ?極悪人かもしれないよ?だからそう言うのは慎重に考えないと・・・」
「ふふー!それは大丈夫!私の勘がおにーさんは獣人に優しい人だって言ってる!だから大丈夫だよ!私の勘はよく当たるんだ!」
そんな適当な。
うちの子達なんて身請けに一度も首を縦に振った事がない。振る気配すらなかった。まあ身請けは自分のその後の人生に大きく関わってくる事だから当然だろう。そんな簡単に決められるはずがない。それなのにこの子は一瞬で決めやがった。でも獣人好きという意味ではこの子の勘は正しいのだが・・・
「ねえねえ・・・わたしじゃ・・・ダメ?」
うん、可愛い。これなら・・・って危ない。身請けに同意しそうになった。
よし、逃げよう。今すぐ逃げよう。ミミとこれ以上いたら押し切られる気しかしない。もう聞きたい事は聞けたし、とっとと帰ろう。
「み、身請けは難しいかな・・・でも応援するからそれで許して?」
「応援・・・?ってなに?」
「えっとまず案内料の50銀ね。」
「え、あ、うん。ありがと。」
ポケットから大銀貨を5枚取り出し、渡す。大銀貨1枚で10銀だ。
「ちなみにミミの取り分はどれくらいなの?」
「えーっと・・・あのね・・・10銀だよ。これ、本当は言っちゃダメなんだけどね・・・。おにーさん、内緒だよ?」
取り分が20%なのか。それはさすがにちょっと酷い。
「チップは取られない?」
「え?あ、うん。チップは全部わたしの。くれるの・・・?」
「応援するっていったからね。はい、じゃあこれチップ。」
そう言って俺は大金貨を10枚渡す。大金貨1枚で金貨10枚だ。つまり100金。
「え・・・?っておにーさん!これはだめだよ!!!」
「チップだから気にしないで。」
「だ、だめ!これでわたしの事身請けして!そうしよう!!!」
無料では貰えないとミミは首を振る。ちゃんと対価は払うべきだと必死に説明してくる。
いい子だなぁ・・・
「お兄さんは事情があってね、お金はあるけど身請けは出来ないんだ。だからこれは今日のお礼として『貸して』あげるからいつか返しにきて?それじゃダメ?」
「え、そ、それは・・・えっと・・・」
身請け金と同じ金額を店に払えば、辞める事が出来る。まあ大抵は身請け金を自分で貯めるなんてそうそう出来ないので、滅多にある事ではない。店の取り分もあるし、自分の生活費もあるからだ。そしてミミの場合、「彼女の値段」を考えると、100金を貯めるのはほぼ不可能だろう。
「い、いいの・・・?」
「いいよ。ミミはやりたい事ないの?」
「えっと・・・この国を出て・・・冒険者?ってのをやってみたい。」
「そっか、じゃあ頑張って冒険者になれ。俺はこれから東の大陸に渡る。だから冒険者になっていつか会いにおいで。お金を貯めてね。」
これでどうだろう・・・
「わ、わかった・・・!」
よかった。身請けしなくて済んだ。セーフ。
「じゃあ今日はありがとね。またいつか。」
「あ、おにーさん!まって!名前は!」
「ああ、ハルだよ。」
「ハル、ハルさんね・・・」
ミミは犬耳をピクピク動かし、唸るようにして何か考え込んでいる。
「どうした?」
「えーっと・・・ちょっといい?」
手招きするミミ。
どうしたのだろう。俺が不思議に思いながらミミに近づくと・・・
――チュッ
頬にキスされた。
「な、なななに!?」
「えへへ、お礼!ハルさん、ありがとね!絶対絶対会いにいくから!待っててね!その時はいっぱいサービスしてあげるね!大好きー!」
そう言ってミミは顔を真っ赤にしながら走り去っていった。
「あー・・・びっくりした・・・さて帰るか。」
台風のような子だったな。だがまあ無事終わってよかった。情報収集もちゃんと出来たし、言う事なしだろう。
でもなんか忘れてる気が・・・
「ふふ、さあ帰るわよ・・・?」
「せやね・・・帰ったらゆーっくりお話しよなぁ?」
「帰ってからが・・・楽しみじゃの?」
あーこれかー・・・
俺はそのままアマネ達に転移場所のある建物まで引きずられ、無理矢理転移させられた。しかも俺が転移酔いするのわかってて、転移魔法陣に逆さまに放り込まれた。
「おぇ・・・」
とりあえずレガス帝国の下見は無事終了したのでよしとしよう・・・




