レガス帝国④
レガンハイムの冒険者ギルドは、他の建物と同じで、無機質な感じだった。アマネに言われなければ、これが冒険者ギルドだとは絶対わからなかっただろう。
「ハル、こっちじゃ。」
そう言ってアマネはずかずかと躊躇もせずに入っていったので、俺も慌てて後に続く。人生で初めて冒険者ギルドに入ると言う事で、少し緊張していたのだが、アマネはお構いなしだった。まあ元Sランク冒険者のアマネからしてみれば何でもない事なのだろう。
冒険者ギルドの中は閑散としていた。もっと賑わっていると思ったのだが、そうでもない。昼過ぎという微妙な時間に来たからだろうか。
「朝はもっと賑わってるの?」
「今よりは多少な。それでどうする?」
「うーん、そうだなー・・・」
俺はギルド内を軽く見回すが、冒険者らしき男が数人いるだけだった。あまりにも静かなので、これでは聞き耳を立てるのも難しい。もっと騒がしければ色々と噂話も聞けただろうが、これでは無理だ。
「あれって依頼掲示板?」
左の壁に依頼書らしき紙が数枚貼り出されている。
「うむ、そうじゃ。」
「少し見たい。」
俺は依頼書が張り出されている壁を確認する。
しかしさっきから奥のカウンターに座っている受付嬢の視線が鬱陶しい。「なんだこいつら」と言った感じでこっちをじろじろ見てくる。
「受付の女が鬱陶しいの。」
どうやらアマネも同じ事を思っていたようだ。
「そうね、潰しとく?」
「なんでだよ。」
「冗談よ。」
コハルが言うと冗談に聞こえないからやめろ。
「無視しておけばいいだろ。」
「せやね。気にするだけ無駄や。」
しかし受付嬢って複数いるものだと思っていたけど、1人でいいのだろうか。
「ふん、やはり碌な依頼はないの。わかっておったことじゃが。」
アマネが掲示板を一瞥し、呟く。
「そうなのか?」
「うむ、そもそも依頼が少ないじゃろ?」
確かに依頼書は数枚しか貼り出されていない。
「じゃあ受付が1人しかいないのって・・・」
「そういうことじゃな。冒険者自体が少ないんじゃ。」
なるほど。冒険者ギルドに閑古鳥が鳴いているのは、時間帯のせいではなく、冒険者の数が少ないからなのか。
「あれ、冒険者って人気ないの?」
「ううん、人気はあるわ。ノーテファル王国だとこの数十倍は依頼書が貼ってあったしね。この国じゃ人気ないってことなのよ。」
俺が首を傾げていたら、コハルが補足してくれた。
「この国は軍が優秀なの。冒険者になるくらいなら国の後ろ盾がある軍に入るほうが断然いいのよ。給金もしっかりしてるしね。」
「実力があっても?」
「そうよ。実力があれば相応の役職にちゃんと就ける。実力が無くても、そこそこの給金は貰える。冒険者になるより安全。だからこの国では冒険者になる人はほとんどいないわ。」
どうやらよほどの物好きか、他国から移住してきた人でもない限り、冒険者という選択肢はないらしい。
「他の国は違うんだよね?」
「ええ、大抵の国では冒険者は大人気の職業よ。」
そう言えばこの国は閉鎖的だとアマネ達が言っていた。きっとこういうのが相まって、そうなったのかもしれない。
「そっか、じゃあここはもういいや。次行こう。」
「了解じゃ。次は市場じゃ!」
市場は冒険者ギルドから歩いて15分くらいの場所にあった。ここは結構賑わっている。
「どうするの?」
「色々見ながら少し歩こう。」
・・・うん、特に何もなかった。
「つ、次にいくのじゃ。」
面白い話も聞けなかったし、娼館を作るかどうかの参考には一切ならなかった。まあ屋台で売っていた、肉串は中々美味かったが。
「アーネ達との食べ歩きは楽しいな。またしたい。」
「うむ!それはわらわも楽しかったのじゃ!」
3人とも嬉しそうだし、一応来た甲斐はあったようだ。
さて、次は酒場だ。
時間は夕方に差し掛かっている。そのせいか、既に出来上がってる連中が結構いた。これなら少しはこの国の噂話も聞けるかもしれない。
「酒はどうする?」
「そうだな・・・ヨル、ワインを1本。後は食事を適当に。」
「ん、まかしとき。」
さすがに酒場に来て酒を頼まないのはおかしいだろう。
「あれ、ハルさんってお酒飲むのね?知らなかったわ。」
「こっちに来て酒を飲んだのはアーネの晩酌に付き合った1回だけだしね。」
「ああ、あれか。お主と1年の祝いをした時じゃな。」
地球にいたころは時折嗜んでいたので、酒が飲めないわけではない。単純に飲む暇がなかったのだ。仕事柄どうしても朝帰りになるし、そんな時間に酒を出している店はない。出勤前に飲むなんて持ってのほか。家でわざわざ1人酒しようとも思わない。だからこの世界では酒を飲む機会が全くなかった。
「そうだったのね・・・でもハルさんは胡蝶に引っ越したんだから付き合ってもらえばよかったわ。私も1人で飲む気しないもの。相手がいれば飲むんだけどね。」
「そうなんだ。ルコは結構飲むのか?」
アマネがよく飲むのは知ってる。部屋によく酒瓶転がってるし。
「普段は客が持って来たのを飲むくらいかしら。お酒は好きなんだけど、客と飲んでも美味しくないのよ。晩酌相手がいれば結構飲むわよ。」
「わかるわぁ。酒は好きなんやけど、客と飲んでても何も美味しないもん。晩酌相手がおればええねんやけどなぁ・・・」
おい、それ客には絶対言うなよ。泣くぞ。まあ仕事で飲む酒なんてそんなものなのかもしれないが。しかしこれは・・・催促されているのだろう。誘えと。
「えっと・・・これからは俺とちょくちょく晩酌でもする?」
「うん、するわ!」
「ええな!それなら美味しい酒が飲めそうや!」
酷い茶番だ。でも彼女達となら美味い酒が飲めそうだし、晩酌相手になるのは吝かではない。
「とりあえず適当に飲みながら様子を伺おうかね。」
「せやね。ほらハル、お酌したるわ。」
ヨギリに酒を注いでもらい、俺はそれをちびちび楽しみながら、周囲の会話に聞き耳を立てる。
「今日の訓練も疲れたぜ。」
「ほんとあの軍曹様は加減てものを知らないな。」
そんな会話があちこちから聞こえてくる。どうやら周囲にいるほとんどの客が軍の人間らしい。やはりアマネの言う通り、この国では軍に入るのが主流なのだろう。
「今日はどうする?お前、明日は休みだろ?」
「俺はナナのとこに行くぜ。お前は?」
「そうだな・・・俺はミミにするか。」
「ん?ミミって・・・あの犬か?」
「ああ、犬の獣人の女だ。」
「犬かよ。人にしとけよ。獣臭いだろが。やめとけやめとけ。」
「そりゃ人のがいいけどよ、犬のが安いんだよ。それに何してもいいからな。」
「がははは、好きに壊せるしな!それはちげえねえ!」
どうやら娼館は普通にあるらしい。そして男共が娼館通いするのも一般的な娯楽のようだ。まあアマネが候補地として挙げていた国だから当然か・・・
「ハルさん、もう少し飲んだら?顔、怖いわよ?」
「あ、ああ・・・」
「ふふ、今度は私のお酌よ。感謝しなさい。客にせがまれても、お金積まれても、一度もしたことないのよ?だからハルさんは幸せ者ね?」
コハルがくすくす笑いながら酒を注いでくれた。
「あはは、そうだな。しかしやっぱりルコは凄いな。これは敵わない。」
さすがコハル。高ぶっていた気持ちをこうもあっさり解きほぐしてくる。逆の立場だったらこれと同じことが俺に出来るだろうか。いや、出来ない。苛ついて、顔が強張っている人間に、俺はそんな笑顔で話しかけられない。これが娼婦として培ってきた心の掴み方なのだろうか。
「当然よ。惚れた?」
「ああ、これは惚れる。」
客が彼女の虜になる気持ちが少し分かった気がする。こんなのされたら誰だって惚れる。
「な、何急に真顔で答えてるのよ・・・ばか・・・」
急に頬を桜色に染め、コップに注がれた酒を一気に飲み干すコハル。
しかしアマネ達が俺に裏を見せたがらない理由がわかった。こんな会話程度の差別で苛ついているのだから、実際に見たら冷静ではいられないだろう。
うん、俺もまだまだだな。
「そろそろ次いくか。酒も無くなったし。」
「そうじゃの。では貴族街を少し歩いて花街に向かうとしよう。」
貴族街は適当に散策するだけで終わった。
これでもかというくらい豪華な屋敷が立ち並んでいるだけだったし、特筆すべき点は特にない。金はあるとこにはあるんだなといった感じ。それだけだ。
ただ散策途中にメイド服を着た女性を幾人か見掛け、それには正直目を奪われた。羨ましい。俺も可愛いメイドさん欲しい。出来たら狐耳か兎耳メイドでお願いします。そして甲斐甲斐しく世話を焼いてもらいたい。
そんな事を考えていたら、アマネ達に脇腹をおもいっきり抓られた。
「痛いな!何すんだよ!」
「自業自得じゃ!このど変態!」
どうやらだらしない顔でメイドさん達を見ていたのが気に食わなかったらしい。
「いいじゃん!俺だってメイドさん欲しいんだもん!」
「こら!なに開き直ってんねん!!!」
「俺は獣人好きを告白してから欲望に忠実に生きると決めたんだ。」
「ねえハルさん、かっこいい感じに言ってるけど、もの凄く情けない事言ってるってわかってるの・・・?」
コハルが軽蔑するような目を向けてくる。
くっ・・・だがそんな目で見られても俺は屈しないぞ。
「ヨル・・・メイド服とか・・・」
「誰が着るか!あほ!!!」
残念。ヨギリが着てくれたら狐のメイドさんになるから俺の夢が1つ叶うのに。じゃあ今度サクヤにでも頼んでみようかな・・・マシロもありだな。
きっとあの子達なら着てくれる。
俺はそんな期待を胸に、肩に乗っているユイカの蛇をチラッと見る。どうせこの会話も「視て」いるだろうしな。
――ダメッ
蛇が体で×を作っている。
ダメらしい。
それなら・・・アマネから貰った金でメイドさんを雇うか。あれだけあればメイドさんくらい余裕で雇えるはずだ。
「お主、あの給金をそんな事につかったらわかっておろうな・・・?」
どうやら俺の考えはバレバレらしい。アマネがもの凄い形相で睨んでくる。
「さ、さあいい時間だし、花街を見に行こうか。」
「誤魔化したの。まあよい・・・お仕置きは後にしてやる。」
アマネの微笑みが怖い。
うん、とりあえずさっさとこの国の花街を見しに行こう。
花街は貴族街から市場に少し戻った辺り、酒場が集まる場所の裏手にあった。悪くない立地だ。酒場の裏手にあるから一杯やってから気軽に通える。貴族街からも遠くないので貴族様がお忍びで通うにも目立たない。
この立地だけ考えると、この国に胡蝶を作るのはありだ。後はどんな店があるのか、嬢のレベルはどうなのか。それ次第と言ったところか。
「あ、アーネ達はそのままでいいのか?大丈夫?」
女連れで花街に来るのはどうなのだろうと思い、聞いてみる。変装しているとはいえ、アマネ達は女性のままなのだ。男の姿になって貰えばよかったかもしれない。
「ん?ああ、大丈夫じゃ。わらわ達の姿は見えておらんからな。」
「え?どういう事?透明化魔法?」
「いや、透明化ではない。認識阻害系の魔法じゃな。そこにいるけどいない。はっきりと認識できない。そういう魔法じゃ。」
うーん、難しい。よくわからない。
「まあ別にお主はわからんでもよい。」
面倒臭そうに呟くアマネ。
一見これだけ聞くと、「お前に説明しても無駄」と俺を見下した心許ない一言に思えるが、それは違う。アマネが言いたいのは・・・
「そっか、まあアーネが大丈夫っていうなら大丈夫だよな。」
「う、うむ!そういうことじゃ!」
と言う事だ。つまり「心配しなくてもいいよ」というアマネなりの優しさ。アマネは口下手だからこういう言い方しか出来ないのだ。まあそれでよく娼婦が務まるなと思わなくもないが、客の前ではきっと色々「演じて」いるのだろう。
とりあえず花街を好き勝手うろついても問題なさそうなので安心した。
「しかしなんかこの雰囲気、久々な気がするな。」
落ち着く。夜の街独特のこの雰囲気はどこか落ち着く。
「何言ってるのよ。実際久々でしょ?」
あ、そうだった。コハルの言う通りだ。俺は1週間くらい牢屋にぶち込まれていた。そしてその後はのんびり浮遊島で休暇を楽しんでいた。
「すっかり忘れてた。」
「ふふ、ハルさんらしいわ。それで?この国の花街はどうなの?あり?なし?」
「ありがなしかで言えば・・・ありだね。」
コハル達と雑談をしながらも、一応ちゃんと周りは見ていた。そしてこの花街は案外栄えているとわかった。酒場で馬鹿騒ぎしていた連中もさっき見かけたし、貴族らしき男も見かけた。貴族は大抵護衛のような連中を連れているからすぐにわかる。本人達的にはお忍びで来てるらしいが、俺からしてみれば丸分かりだ。
つまりレガンハイムの花街は、庶民から貴族までが足繁く通うような場所であると言える。性欲を持て余した男の巣窟のような国とも言えるが・・・まあ娼館を開こうとしている俺達からしたら、非常に「良い国」というわけだ。
「あとは娼婦の相場を確認したいんだけどな・・・」
だが、それを調べるのは難しい。一軒一軒娼館を回って「貴女はおいくらですか?」と嬢に聞いて回るのは冷かしにも程がある。
うーん、どうしたものか。
きょろきょろと辺りを見回し、何かいい方法はないかと考えていると、背後から可愛らしい声が聞こえた。
「おにーさん!この街は初めてですかー?」




