レガス帝国③
「時間取らせて悪かった。」
「あら、ハルさん、もう大丈夫なの?」
コハルがくすくす笑いながら近寄ってくる。
「ぐっ・・・」
ヨギリに抱きしめられて撫でられたら涙腺が崩壊した。一生の不覚。しかしあれは卑怯だ。ヨギリにあんな甘やかされたら誰でも泣く。
「くく、ハルの珍しい一面がみれたのじゃ。」
「アマネ、恥ずかしいから。お願い。やめて・・・」
「まあ、そうじゃの。やめておくのじゃ。」
アマネにしてはあっさり引き下がってくれた。いつもならこれでもかというくらいに弄ってくるのに。
何か怖い。
「サクヤ達にも内緒な?」
「あ、それは無理じゃ。」
「な、なんで!?お願い!!!」
「いやいや、わらわが言うとかではないぞ?ほれ、それそれ。」
そう言って俺の右肩を指差すアマネ。
・・・あ、ユイカの蛇がいる。
「お、終わった・・・」
っていうかいつの間につけやがった・・・
「ハルは帰ったら大変じゃぞ?くく、楽しみじゃの?」
「い、嫌だ!!!そうだ!ヨギリ!!!」
俺はヨギリの両肩を掴み、懇願する。
「な、なに!?急にどしたん!?」
「このまま俺と駆け落ちしよう!」
「は、はぁあああ!?ち、ちょっとハル!あんた何言うてるん!?」
「嫌か!?」
「べ、別に嫌とかじゃないねんけど・・・どちらかと言うとむしろ嬉し・・・って何言わせんねん!!!」
――ベキッ!バコッ!ボキッ!
何故俺は今殴られたんだろう。言われもない暴力を振るわれた気がする。
「あははは、やっぱりハルさんは面白いわね。さあ、馬鹿な事やってないでさっさと下見にいくわよ。時間押してるんだからね。」
「そうじゃの、ヨギリも顔真っ赤にしてないで行くぞ。」
「はーい・・・」
「し、してへんわ!!!」
ちょっとしたドタバタはあったが、俺達はレガンハイムの街へと繰り出した。アマネ達にはもう1回魔法で変装してもらい、念の為に名前も変えた。さすがにSランク冒険者と同じ名前だと目立つかもしれないと思ったからだ。ちなみにアマネはアーネ、ヨギリはヨル、コハルはルコになった。
「しかしなんか無機質な街だな・・・」
俺がレガンハイムを見た第一印象だ。
ノーテファル王国の王都であるフィオーラは、地球で言うところの中世ヨーロッパのような街並みで、気品ある建物が雑然と建てられていた。花や緑樹もところかしこに植栽されており、情緒ある街だった。
だがレガンハイムはその真逆。生活感のない無機質な建物が整然と並んでいるだけ。自然も一切見当たらない。まるで街全体が工業地区のようだ。これはこれで男心を擽るものなのかもしれないが、個人的には住みたいとは思えない。街行く人の笑顔もどこか少ない気がする。
冷たい街には冷たい人々。そう言う方程式が実際にあるのだろうか。
「もうこの時点でここは『無し』って言いそうだよ。」
「気持ちはわかるわ。私もこの雰囲気そんなに好きじゃないのよね。」
コハルが同意してくれる。
まあせっかく来たのだから一通りは見て回るつもりだが、胡蝶の新天地としてここを選ぶ可能性は低いだろう。何故なら雰囲気は大事だ。腰を据えて商売をするのだから、住み心地は良くなければならない。
「まずは冒険者ギルドじゃな?」
「そうだね。後は酒場とか市場。貴族街にも行きたい。」
「そして最後に花街じゃな?では案内するからわらわについてこい。」
アマネがこっちじゃと先導してくれるので、後に続く。そして俺の左右にはコハルとヨギリ。鉄壁の守りだ。何に対してかは知らない。
ちょっとやり過ぎでは・・・と思わなくもないが、アマネ達がもの凄く楽しそうなので、何も言わないでおく。
ちなみに冒険者ギルドや市場に行くのは、この街に住む人々を観察する為。どんな生活をしているのか、どんな娯楽が流行っているのか。その辺の確認だ。あとこの国の貴族も見ておきたいから貴族街。こちらは貴族の生活水準を確認する為。胡蝶は変わらず高級娼館として運用するつもりなので、貴族の懐事情は大事だ。
そして最後は花街。娼館通いが盛んでないなら、この国に胡蝶を作るメリットはあまりない。ノーテファル王国では、胡蝶へ通うのを一種のステータスとして確立出来た。次もそうしたい。
「色々考えてくれてるのね。」
「まあそれが俺の仕事だし。」
「頼りにしてるわ。ハルさんに任せておけば、娼婦を引退する日も近いわね。」
「ルコの期待を裏切らないように頑張るよ。」
「でも貴族街には行くだけなの?貴族や有権者と会わなくてもいいの?多少なら繋がりがあるから面会くらいは出来ると思うわよ?」
コハルの言う通り、そういうパイプ作りは必要だろう。だが今じゃない。それは胡蝶を作る国を決めてからでいい。だからまずは候補地を2ヶ国くらいに絞る。その為の下見だ。
「貴族達と会うのはその後だね。」
「なるほど、それもそうね。」
「便宜を図って貰う為の根回しや胡蝶の宣伝は必要だからその時はお願いするよ。」
「ええ、任せておきなさい。」
そんな会話をしながらレガンハイムの街を練り歩く。アマネ達が時折解説をいれてくれるのでわかりやすい。美人ガイドさん付の観光旅行みたいでちょっと楽しい。ただ街並みは相変わらず無機質な建物が続いているだけで、正直飽きてきた。
たださっきから気になることが1つある・・・
「であっちが・・・こっちは国の施設・・・こら、ハル、聞いておるのか。」
「あ、ごめん。」
「まったく・・・で、どうしたのじゃ?難しい顔をしておったようじゃが・・・」
「んー・・・ほんとに『人』しか見かけないなーって・・・」
今までは何も知らずに歩いていたから気付かなかった。だが人族至上主義と言われた上で街を歩くと「言われてみれば」という感じがする。ノーテファル王国でも獣人やエルフなどの他種族を外で見た覚えがない。
「まあそうじゃの・・・」
「でも『人』しかいないってだけで、虐げられてる感じはまったくないんだけど?」
もっと大っぴらにやってるのかと思ったけどそうでもないのだろうか。
「まあここ大通りやし。一応法律で差別は禁止されてるから堂々とはやらへんよ。でもそこの裏路地とかに入ったら多分わかると思うで?」
ヨギリが裏路地に続く脇道を指差す。
「ふーん・・・ってあれ?でもそれならノーテファル王国で俺がそういうのを見た事ないのはおかしくない?俺は裏路地にある貸家に住んでたのに。」
胡蝶に移り住む前、俺は飲食街の裏路地にあるアパートのような場所に住んでいた。でも種族差別されているところを一度も目撃したことがない。ノーテファル王国は比較的差別が少なかったのだろうか。
「あー・・・それは・・・えっと・・・あれやねん・・・」
・・・これはなんか嫌な予感がする。
「ハルがそういうの目撃せんでええようにあの辺一帯は粛清したねん。」
あ、やっぱり。てか粛清ってなに。何したの。
「でも1年近くもいたんだぞ?1回も見ないのはおかしくないか?」
「うちらハルの護衛してたやん?だからそういうの目撃しそうな時は先回りしてこう・・・な?」
そこまでしてたのかよ。あと「な?」とか言われても困る。
「それにハルは仕事帰りはいつも捨て犬のようにトボトボ帰ってるから周り見てないやん。出勤時も大抵下向いて歩いてたし。うちらとしては色々楽やったけど。」
やめて古傷抉らないで。
「つまり周りを見て無さすぎってこと・・・?」
「・・・ま、まあそういうことや・・・さすがにここまで簡単に隠し通せるとはうちらも思ってなかったけど・・・だからハル、これからは少しは周り見よな?」
ヨギリの優しさが辛い。でも事実だから言い返せない。
「わかった、そうする。」
うん、まあこれから気を付けよう。心機一転頑張ればいい。
「じ、じゃあ!裏路地行ってみたい!後学の為に!」
種族差別なんて見る物ではないのかもしれない。見世物でもないだろう。見て気持ちいいものでもないのはわかってる。だが知っておきたい。これからはちゃんと目を背けずに色々見て、学んで、アマネ達の力になりたい。
「それはあかん!」
「絶対ダメよ!」
「ダメじゃ!」
アマネ達に速攻で却下された。
決意した瞬間に一刀両断するのはやめてほしい。
「な、なんでさ!」
「ハルは見るべきじゃないからじゃ!」
「いやいや、見ておくべき、知っておくべきじゃないの?」
俺は何とか食い下がろうとするが、アマネ達は首を縦に振る気は一切ないようで・・・
「なら例えばじゃが・・・そこの裏路地に入ったとしよう。そこで狐人族が鞭で打たれ、犬の獣人が尻尾を引きちぎられ、猫の獣人が犯されてたらどうするのじゃ。」
「全力で暴れるに決まってるだろ!!!」
当然だ。獣人が虐げられてるのに黙っていられるわけがない。アマネは一体何を馬鹿な事を言ってるんだ。
「だからじゃ!!!このアホ!!!」
「ぐっ・・・」
しまった、完全に墓穴を掘った。
「その誘導尋問はずるい・・・!」
「あのね・・・今の誘導でもなんでもないわよ?」
コハルがやれやれと肩を竦める。
「ユイカ達は人化で隠してたから先日まで本当の種族を知らなかったと思うけど、私はエルフのままだったし、ヨルは狐人族のままだったでしょ?それなのにハルさんは私達と普通に接してくれた。だから不味いと思ってこう言う事したのよ。」
「まあそれはそうだけど・・・」
確かにコハルの言う通りかもしれない。
「でも俺、弱いじゃん?喧嘩出来ないじゃん?そういう現場見ても、見て見ぬ振りをするだけだと思うんだけど。そこまでして隠そうとしなくてもよかったんじゃ?」
「いや、ハルは戦闘でけへんしな。でもだからこそやで?獣人がそんな目に遭ってたら獣人好きのハルは絶対暴れるやん。危ないやん?」
まあ確かに。なるほど、そう言う事か・・・ってあれ?
それだと時系列的になんかおかしくないか?
「いやいや、俺が獣人好きって告白したの先日なんだけど。」
「あっ」
「・・・どういう事?」
「・・・せやな、うん・・・もうこの際はっきり言うけど、ずっと知ってたで?ハルがうちの尻尾いつも嬉しそうに見てるんずっと気付いてたで?」
嘘だ!そんなはずはない!
「そ、そんな絶望的な目で見られても事実は変わらんで・・・?」
「で、でもこの前驚いてたじゃん!全然知らなかったって!」
――ナデナデ
ヨギリに無言で撫でられた。
「嘘だ・・・」
やめて、そんな憐みの目で俺を見ないで。
「今日はもうお家帰りたい・・・」
まだほとんど下見してないが、俺の心は完全にポキっと折れた。
「ハル!気にしたらあかんよ!うちは嬉しかったんやから!な?な?」
「う、うん・・・」
「ほら、もうすぐ冒険者ギルドやから!がんばろな?な?」
そんな慰めないで。余計に恥ずかしくなってくるから。
そう言えばあの時隠し通せたと思ってめちゃくちゃドヤ顔してた気がするんだけど・・・。サクヤとか「び、びっくりしました!」とか言ってくれてような。そうか、あれは全部演義だったのか・・・やばい、恥ずかしい。
あ、肩にいるユイカの蛇もなんか気まずそうにしてる。
うん、色々気を遣わせてごめん。
「き、気を取り直して裏路地散策・・・」
「それはあかん。」
「ダメよ。」
「ダメじゃ。」
一瞬にして真顔になるアマネ達。
この流れなら行けると思ったのに、そっちはやっぱり駄目なのか。まあ確かに今の俺ではそんな現場を見たら平静を保っていられない気がする。止めておいたが賢明かもしれない。
「ハル!着いたのじゃ!あそこが冒険者ギルドじゃ!」
「うん、わかった。もう大丈夫だから。ありがとな。」
これ以上凹んでても仕方ない。切り替えて行こう。




