レガス帝国②
「じゃあ転移酔いも大分よくなったし、そろそろ行こうか。」
俺はドアへ向かいながら適当な会話を投げる。
「あ、ところでレガス帝国を視察するにあたって知っておくべき事ってある?」
だがこれが失敗だった。
レガス帝国の事は何もしらないし、気を付けるべき文化とか、礼儀とかがあるかもしれないと思ったからだ。適当に散策しながら聞けばいいかなと軽く考えていた。
「そうじゃの・・・あると言えばあるんじゃが・・・」
「なに?」
「いや・・・その・・・なんじゃ・・・」
アマネが言い辛そうに口籠る。
「知っておく必要あるなら教えて欲しい。」
ドアを開けようとした手を引っ込める。そしてアマネ達に変装を一度解くようお願いする。これは歩きながらする話じゃない、ちゃんと腰を据えてするべき話だ。直感的にそう感じた。
「わ、わかったのじゃ・・・」
アマネ達は特に文句を言う事も無く、すんなり変装魔法を解いてくれた。
「それで知っておくべき事ってなに?」
俺は改めて尋ねる。
「うむ・・・その・・・」
やはり言い辛い事なのか、なかなか話そうとしないアマネ。
「アマネ、お願い。」
「わ、わかったのじゃ・・・そのな、わらわ達の変装を見てわかったと思うんじゃが・・・この国、いやデティカ大陸は・・・・・・・・・人族至上主義じゃ。」
そしてすぐさま目をサッと逸らすアマネ。
――は?
今なんて言った? 人族至上主義?つまりこの世界はアマネ達のような他種族は差別され虐げられる世界だとでも言うのか。
「・・・初耳なんだけど。」
「・・・ハルには・・・い、言うてへんかったから・・・」
ヨギリは自慢の尻尾をシュンと下げ、どこか悲しそうに呟く。
だがこれで合点がいった。俺が捕まっていた時、あの屑宰相は「アマネを娶るとしても妾程度」と言っていた。なるほど、あの意味が今やっとわかった。
「・・・どの程度虐げられてるの?」
俺は出来るだけ感情的にならないように平静を装って尋ねる。
正直苛ついた。アマネ達とサクヤが人族でないのは前から知っていた。見ればわかる事だ。そしてユイカ達が人族でないのも昨日知った。
もしあの子達が本当に虐げられているのだとしたら、俺は多分冷静ではいられない。だが誰だってそうだろう。自分の家族がそんな扱いをされていたら怒り狂うのは当然だ。今すぐにでも暴れたいくらいだ。
「ハルさん、私が説明するわね。」
そう言ってくれたのはコハル。アマネとヨギリは俺から目を逸らしたままだ。
多分3人とも俺が怒っているのに気付いている。まあ当然だろう。平静を装ってはいるが、自分でも隠せている気はしない。
「基本的に人族が何より優れていると考えられてるわ。その他の種族は全てにおいて劣っている。それが事実かどうかはおいておいて、そういう考えなの。だから他種族は下に見られる。力が無ければ虐げられる。差別もされる。良い職にも付けない。勿論法律では禁止されてるけど、暗黙の了解みたいなものね。人族以外の他種族を虐げても特に罰せられたりはしないわ。」
人族至上主義。言葉通りと言う事か。
「種族によって差別の差はあるのか?」
「ええ、あるわ。一般的に人口が多いとされている他種族はエルフと獣人。獣人の扱いは特に酷い。ヨギリのような狐からマシロのような兎まで獣人と言っても色々いるけど、どれも獣と同等の扱いをされる。特にマシロやサラのような獣寄りの子達は余計にそう。ヨギリやサクヤは少しまし。でも結局はどれも大差はないわ。まあ色んな意味での玩具扱いよ。エルフである私も含めてね。でも珍しい種族はさらに悲惨。人魚、天使、妖精・・・まあうちにいる子達ね。珍しいから虐げられる以前に討伐対象になる。混血なんかもそう。」
そこまで一気に話すと、コハルはふーっと一息吐く。
「アマネのような鬼人族は?」
「鬼人族はちょっと特別。どちらというと畏怖の対象。竜族と一緒ね。」
「なるほど。じゃあアマネ、ヨギリ、コハル、サクヤが人化してないのは、そこまで虐げられないからってこと?」
「そうよ。耳や尻尾、角くらいしかないし、人型に近いから。あと冒険者として名を上げたし、色々貢献したのもあるわね。でも結局は一緒よ。私達はせいぜい都合のいい使い捨ての戦闘道具、そして見た目がいいから妾や性欲処理くらいにしか思われてないでしょうね。他の子達はさらにそれ以下だけどね。だからあの子達は人化の術を常に使ってるのよ。」
・・・全然気付かなかった。アマネ達はいつも俺の前では楽しそうに笑っていたから何も知らなかった。差別され、虐げられ、辛い事だらけだったはずだ。それなのにいつも俺の事を一番に心配して、守ってくれて。
「ハルさん、そんな顔しないで?性欲処理の下りは笑うとこよ?」
お姉さんの今日一のボケなんだからねとコハルが小さく微笑む。
「はは・・・そっか、笑うとこか・・・」
無理して笑顔を作る。
俺は今どんな顔をしているんだろう。自分ではよくわからない。
「何も知らなくてごめんね・・・」
「ハルさんのせいじゃないわよ。知らなかったんだから仕方ないじゃない。」
そんなのは言い訳だ。知ろうと思えばいくらでも知れたはず。街に出て少し調べればわかった事だ。でも俺は「仕事が忙しいから」「生きるだけでいっぱいいっぱいだから」と言い訳して何も知ろうとしなかった。
知っていたらアマネ達に何か出来たかもしれない。気の利いた一言くらいは言えたかもしれない。結局俺はアマネ達に甘えてただけ。自分だけが辛いような顔してアマネ達に守られていただけ。そんな自分が何より腹立たしい。
俺は唇をおもいっきり噛みしめる。
悔しい。情けない。悔しい。情けない。
どうして、どうして・・・俺はどうして・・・
――ギュッ
「ハル、ええんよ。別にええんよ。」
「ヨ・・・ギリ・・・?」
そっと抱きしめられた。そして大丈夫、大丈夫と俺に言い聞かせるようにヨギリは俺の頭を優しく撫でてくれる。
「うちらの為に泣いてくれてありがとう。その気持ちだけで十分に嬉しいんよ。」
・・・俺は泣いてるのか?
よくわからない。
「うちはハルがおるから平気なんよ?ハルに出会ってから毎日が楽しい。辛い事なんてなんもない。ハルはうちの事差別せえへんし、尻尾や耳を大好き言うてくれる。それでうちがどれだけ救われてるかハルは知ってる?」
ヨギリの言葉が優しく胸に刺さる。心がぽかぽかする。目頭が少しだけ熱い。色んな感情が抑えられない。
ああ・・・そっか・・・俺は泣いてるのか・・・
「ありがとう」
「ふふ、お礼を言うのはうちのほうやよ?」
ヨギリがさらにギュッと俺を強く抱きしめる。
「でも・・・」
「ハルはかわええなぁ。ちっちゃい子供みたいやで?もう今日は街へ行くのやめとく?帰ってゆっくりしてもええんよ?」
ヨギリは強い。また俺が励まされてる。辛い経験をしたのは彼女のはずなのに。励ますのは俺の役目なのに。
「やだ・・・いく。」
「ならハルが落ち着くまで、うちの尻尾、梳かしてくれへん?手入れまだなんよ。」
ヨギリは俺に無理矢理櫛を握らせ、手入れの行き届いた、モフモフの尻尾を顔に押し付けてくる。
何が手入れだ。完璧に梳かしてあるし、俺がする事なんて何もないじゃないか。
「ずるい、ヨギリはずるい。」
俺は大好きなヨギリの尻尾を思いっ切り抱きしめる。
「ありがとうな。うちの尻尾好き言うてくれて。」
「うん、大好き。」
* * *
「・・・ヨギリにいいところ全部持ってかれたわね。」
「言いたいことも全部言いよったのじゃ!」
「まあでも・・・今はヨギリに譲るわ。」
「そうじゃの。それにヨギリも少し泣いてなかったか?」
「ふふ、そうね。ハルさんを抱きしめたのはそれを隠す為ね。」
「くく、あのヨギリが泣くか・・・しかしハルはやっぱりハルじゃな。」
「だから私達は何においても彼を守るんだけどね。」
「うむ。わらわ達にはハルが必要なのじゃ。」
「まあそれを分からない馬鹿がいるからあの国は亡びたんだけど。」
「その通りじゃ。」




