正気
「「・・・あっ。」」
おい、今の間はなんだ。
だが2人の反応からするに、コハルも来てくれたのだろう。
どこだ。
「コハルもいるんだろ?」
「あー・・・うん、せやね。おるよ?」
どこか歯切れが悪いヨギリ。
「どこ?」
「んー・・・ほら、あそこにおるで?」
ヨギリが俺をお姫様抱っこしたまま、体を反転させ、地下牢の入り口の方を向く。
するとそこには目のハイライトを消したピンク髪の美少女(少女ではない)エルフが突っ立っていた。なんか目の焦点があってない。小刻みに震えているし、今にも大爆発しそうな雰囲気だ。
「だだだだだいじょうぶよおちつくのよしょうめつまほうをつかうひつようなんてないのよつかったらはるさんごとけしてしまうからだめよそれにわたしはむしなんてべつにわたしはこわくないわだいじょうぶそうわたしはおねえさんだからむしなんてこわくないこわくないむしむしむししょうめつまほうつかわなきゃ・・・」
怖い。コハルが呪文を唱えるかのように何かをぶつぶつ呟いている。いやもう呪文というより呪いの言葉だ。
・・・うん、なるほど。なんとなくわかった。
「虫が怖くて消滅魔法使いそうな自分を必死に抑え込んでるってことでオッケー?」
「う、うむ。そういうことじゃな。」
アマネが引き攣った笑顔で答える。
「外で待ってればよかったんじゃないの?」
「う、うちもそう言うたんよ?でも『ハルさんを助けるのよ!』ってきかんくて・・・でも入り口でああなってもうた。」
「つまり壊れたと?」
「うん、壊れてもうた。」
だからって放置してくるなよ。可哀そうだろうが。
「何とかしようとは思たで?でもちょっとでも刺激したら消滅魔法発動しそうやったんやもん。」
「そ、そうなのか・・・」
どうやらヨギリ達の機転で俺は死ななくて済んだらしい。
でも俺の救出に来てくれたコハルにもちゃんとお礼は言っておきたい。
「ヨギリ、ちょっと下ろして。」
「うん、ええけど・・・」
「俺の服とか体、魔法で綺麗に出来る?」
「ん、できるで。」
俺を下ろしたヨギリが扇子を軽く振るう。
次の瞬間、服や体の汚れが一瞬で綺麗になった。先程と同じ動作だったので一瞬塵にされるかとドキっとしてしまったが、汚れだけを落とす魔法だったようだ。
「なんか体まで軽くなった気分。ありがと。」
「それは別にええけど、どしたん?」
「ああ、コハルにもお礼言わなきゃなって。でも汚いまま彼女に近づいたら発狂するだろ?」
「そんなんえええのに・・・でもまあハルの言う通りやね。」
どこか不貞腐れた表情を浮かべるヨギリ。何故不機嫌になるのか。
とりあえずはコハルを正気に戻そう。
「コハルー・・・」
俺はそっと声をかけつつコハルに近づく。
「はるさんをたすけなきゃでもむしこわいきたいないこわくないだいじょうぶわたしはおねえさんだからこわくないはるさんを・・・はるさん?」
お、反応した。一瞬だが正気に戻った気がする。下手に刺激したらどうなるかわからないが、ここは覚悟を決めて一気に行こう。
「コハル!」
おもいきって彼女に抱き着く。アマネとヨギリが冷や冷やした顔でこちらの様子を伺っている。
でもコハルなら大丈夫。きっと大丈夫。
「むしにはしょうめつまほういますぐしょうめつ・・・ってハルさん?あれ?」
「コハル、ありがと。」
「・・・?・・・!?・・・なななななにしてるのよ!?」
無事正気には返ったようだ。しかし今度は顔を真っ赤にして慌てふためいている。きっと俺が抱き着いていた事に驚いているのだろう。まあ正気に返った瞬間誰かに抱き着かれていたら誰でも驚く。何故そこまで赤面しているのかは知らないが。
「ん、お礼。助けに来てくれてありがと。」
「べ、別にいいわよ!大好きなハルさんを助けるのは当然よ!!!」
あれ?今さらっと告白されなかったか?
「・・・?大好き?」
「ち、ちがっ!家族としてよ!家族と!」
「なるほど、そっか。」
まあそりゃそうだろう。コハルは胡蝶の娼婦で俺はそこの従業員。きっとサクヤ達同様、俺の事は弟みたいに思ってくれているのだろう。
「そ、それよりハルさん!こ、こんなとこにいて平気だった!?頭おかしくなってない!?大丈夫!?私だったら1秒で発狂するわよ!?」
「あ、うん。大丈夫だけど・・・」
まあ実際今の今までコハルは正気失ってたしな。
「相変わらずコハルは虫は苦手なんだな。」
「そ、そうよ!わ、悪い!?」
「いや、コハルにも弱点あるんだなって。可愛いと思うよ?」
「そそそそうかしら・・・?」
「ハル!わらわも虫が怖いのじゃ!」
「うちも!うちも!こんなとこいたら失神してしまいそうやわ!」
嘘つけ。お前らさっきまで平然としてただろうが。ヨギリなんて今も何食わぬ顔で尻尾を使って虫を追い払ってるしな。逞しいやつらだ。
「コハル、帰ろ?」
「うん、そうね。帰りましょ。」
俺はコハルから一旦はなれ、ふらふらとヨギリの元へ戻る。
「ごめん、ヨギリ。やっぱ歩くの無理。」
「ん、ええよ。」
ヨギリは嬉しそうに俺をまたお姫様抱っこする。だから何故お姫様抱っこ。普通に背負ってくれればいいのに・・・
しかしヨギリの魔法で少しは回復したかと思ったが勘違いだったようだ。あれはあくまで汚れを落とす魔法。精神や体力披露までは回復出来ないらしい。
「ちなみに体力とか回復出来る魔法はないの?」
「それは無理やよ。休むしかないで?」
さすがにそこまで魔法は万能ではないらしい。
「・・・ってヨギリ!しれっとなにしてるのよ!何んで貴女がハルさんを抱っこしてるのよ!私にさせなさいよ!」
「うっさいわ!あんたは消滅魔法発動させんようにしとけばええねん!」
「いいから代わりなさい!!!」
そんな事を叫びながらも地下牢に一歩も足を踏み入れようとしないコハル。
「喧嘩しないの。なんでそんなことで言い争ってるのさ。俺なんて抱っこしても重いだけなんだから。」
「そそそそれはなんていうか!ねえ、ヨギリ?」
「な、なんでそこでうちに振るねん!知らんわ!」
もう好きに言い争っててくれ。
(だからなんでわらわ・・・お主・・・折檻じゃ・・・)
そしてアマネはアマネでまたなんかぶつぶつ言っている。
「ねー・・・早く帰ろうよ。」




