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胡蝶の夢、夜に舞う  作者: 天霧 翔
第一章 胡蝶編
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刹那

 ハルが収容されている犯罪者収監施設では彼の処刑準備が粛々と進められていた。


「おい、聞いたか?今日処刑されるのってあの胡蝶の従業員なんだろ?」

「ああ、そうだ。しかし今日はどこの隊もその話で持ち切りだな。」


 処刑台の側で立哨にあたっている兵士の2人が雑談をしている。


「それも仕方ないだろ。あの宰相や大臣達がわざわざ処刑を見に来るくらいだぜ。」

「確かにな。しかもたかが1人の処刑に1個大隊を配備するとか尋常じゃないだろ。」


 大隊というのは複数の中隊で編成されている。そしてこの国の中隊は大体100~200人で構成されている。つまり簡単に言えば、今日のハルの処刑には相当な人数が割り当てられていると言う事だ。


「600人くらいか。しかしこの収監施設にこれだけ集まるのは初じゃないか?」

「まあ宰相やら国の重鎮が見に来るんだから仕方ないだろう。」


 この施設には常時20人程度の兵士が詰めている。そして犯罪者が処刑される際の立会人は兵士が数人いるくらいだ。それが普通。なのに今日はその数十倍の兵士が配備され、立会人として国の重鎮が何人も来るのだから、これがどれ程異常な事かは誰の目にも明白だ。 


「罪が国家反逆罪だからだろ。普通の犯罪じゃない。」

「それもそうか。それにあの胡蝶が関係してるってものあるのかね?」

「確実にあるだろうな。あの噂を恐れてるんじゃないか?」

「アマネ嬢に報復されるというやつか。」


 ハルに手を出したらアマネ達が復讐しにくる。その噂を加味し、万全の警備体制でハルの処刑に臨むと言う事だろう。


「とはいえこっちは600人だ、何の心配もないだろ。」

「ああ、いくらアマネ嬢が凄腕の元冒険者だからと言ってもこれは無理だ。」


 立哨兵の2人がそう考えるのも当然だ。いくら魔法が凄かったとしても、いくらアマネが歴代上位の元冒険者だったとしても、所詮は1人。ヨギリやコハルをいれても数人程度。軍の1個大隊には到底敵わない。


「アマネ嬢が本気で来たら中隊1個くらいは潰されるか?」

「どうだろうな。今の最上位クラスの冒険者ならそのくらいだろ。でもアマネ嬢は前線を退いてから数年経つ。昔ほどの実力はないんじゃないか?それに負け戦だとわかってるのに来ないだろ。」

「あはは、それもそうだな。」

「おい!そこの2人!無駄口を叩くな!宰相殿が来られたぞ!」


 そんな雑談で盛り上がる兵士に上官から叱責が飛ぶ。

 

「「申し訳ございません!」」


 すぐさま姿勢を正し、敬礼する兵士達。


 それとほぼ同時に正門が開き、宰相や大臣達が入ってきた。


「宰相殿、並びに各大臣殿がご到着なされました!」


 門兵が大声で告げる。処刑場をぐるりと取り囲むように配備された1個大隊全員が敬礼し、彼らを出迎える。


「出迎えご苦労。全員楽にしてよい。」


 宰相のアーウィンは軽く手を挙げ、兵士達を労う。そして大臣達を引き連れ、処刑台の前に用意された椅子に腰掛ける。


「門を閉じよ。」


 アーウィンがそう言うと、門がギギギと錆びた音を立てながら閉じられた。警備にあたってる兵士もそれぞれ所定の位置へ移動し、全ての準備が完了する。


「うむ、では処刑を始める。罪は国家反逆罪。胡蝶の娼婦達を使い、この国を転覆させようと目論んだ。そこの立哨兵、早速やつを連れてこい。」


 満足気な表情で言い放つアーウィン。やっとハルを処分出来るのが嬉しいのだろうか。


「「はっ!」」


 先程雑談に興じていた兵士達が敬礼をし、ハルを連れに地下牢へと向かう。罪人を処刑台まで連行するのはその日の立哨兵の仕事。


(目立つ仕事だよなぁ・・・)

(ああ・・・運がいいのか悪いのか。)


 ぼそぼそと小声で話しながら地下牢への階段を下りようとした次の瞬間・・・



 ――ドォオオオオオオン!!!



 地響きのような爆音が正門の方からあがる。


「な、なんだ!?」

「まさか・・・!?」


 音がした方へ目を向ける兵士達。


 正門からは煙があがっていてよく見えない。だが門が木っ端微塵に破壊されている。それだけははっきりとわかる。


 どうやれば一体全体そんな事ができるのか。


「誰だ・・・!」

「こ、ここに今日来るやつなんてあいつらしかいないだろ・・・!」

 

 2人は携えていた剣を構え、正門に目を凝らす。他の兵も槍や剣を抜刀し臨戦態勢を取っている。


 段々と煙が薄れ、その中にうっすらと3人の人影が見えた。


「3人・・・」

「ああ・・・あの3人だろ・・・」


 ここにいる兵士全員が、乗り込んできた人物が誰なのかはっきりと理解していた。


「だ、誰だ・・・と聞くまではないと思うが・・・アマネ嬢か!」


 アーウィンが代表して声をあげる。

 

「そうじゃ。わらわじゃ。」


 煙の中から颯爽と姿を現すアマネ。そしてその背後にはコハルとヨギリ。


「な、何をしにこられたのかな?」

「言うまでもなかろう。返してもらいにきたのじゃよ。」

「だろうな。だがそれは出来ん。わかっているだろう。門を破壊したのは不問にしてやるから引いてはくれんか。お前らを殺したくはないのでな。」


 これだけで宰相や大臣達がどれだけ彼女達を気に入っているかわかる。普通ならそんな寛大な処置はありえない。この場に乱入した時点で犯罪者として捕らえられ、殺されても文句は言えないのだから。


「断る。わらわは力づくで取り返しにきたのじゃ。」


 アマネは臆する事なく、淡々と告げる。


「まあそうだろう・・・だがさすがにアマネ嬢らでもこの人数を相手にするのは自殺行為だ。アレの事は諦めて引くべきだと思うがな?」


 これが最終通告だとアーウィンが警告する。


「ほう・・・?自殺行為かどうか試してみればよかろう?」


 アマネの表情は変わらない。1個大隊を前にしてもアマネ、そしてヨギリとコハルは落ち着いたまま、静かに佇んでいる。


「お前らを失いたくはないが・・・そこまで馬鹿にされてはな。残念だ。非常に残念だ。・・・おい!やれ!捕らえた者はやつらを好きにしてもよい!」

「「「うおおおおおおおおおおお!!!!」」」


 アーウィンが手をかざすと同時に兵士達が一斉に雄叫びをあげ、アマネ達に襲い掛かる。


 『アマネ達を好きにしていい』


 それは兵士達のやる気を出させるには十分な一言。絶世の美女であるこの3人を好きに出来るのだから当然だろう。


「くく、その一言でやる気が出るのか。光栄なことじゃ・・・だがお主らがわらわ達に触れる事なぞ許されんのじゃ。」


 アマネはボソッとそう呟き、軽く手を振るう。


 するとアマネに襲い掛かろうとした兵士達の首が一瞬にして飛び、血飛沫をあげて地面に落ちる。30人程だろう。アマネの前方に綺麗な扇形の血だまりと死体の山が出来上がった。


 あまりの一瞬の出来事に、残った兵士達は何が起こったのかわからずたじろいでしまう。さすがに腕一振りで数十人の人間が殺されるとは思わなかったようだ。


「な、なにをした!」


 兵士の一人が叫ぶ。


「何故それをお主らに説明する必要があるのじゃ?」


 くくくと笑うアマネ。


「久々に全力で暴れさせてもらうかの。お主らはわらわを本気で怒らせたのじゃ。」

「そうですわ。皆さんが死ぬ理由なんてそれで十分ですのよ。」

「わっちらの大切な者に手を出した事、後悔するでありんす。」


 アマネは髪飾りを外し髪を下ろし、コハルは舞いを舞うかのようにくるりと回り、ヨギリは胸元から取り出した扇子をひと振りする。


 そんな彼女達の姿はあまりに美しく、その場にいた全員の目を奪う。


「う、美しい・・・」

「ふふ、ありがとう。でもいつまでそう思っていられるかしらね?」


 コハルはくすりと笑う。


 そして次の瞬間、彼女の目の色、髪の色が変わっていく。


「ひっ・・・・!?」


 コハルだけではない。ヨギリもアマネもだ。


 さっきまで見惚れていた彼女達の姿はもうない。そこにあったのはまるで別人のような姿の3人。


 そんなアマネ達の雰囲気に呑まれたのか、アーウィン、大臣達、兵士達・・・誰一人声を出す事が出来ない。


「ば、ばけもの・・・・!?」


 絞り出したかのようなかすれ声で誰かが叫ぶ。


「せやで・・・?やっと気づいたん?うちらは化け物なんよ?」


 不気味な笑い声をあげながら呟くヨギリ。


「ま、待ってくれ!アマネ嬢!わかった!わかったから!」


 一早く正気を取り戻したアーウィンが叫ぶ。


「ほう・・・何がわかったのじゃ?」

「返す!返すから!」


 このままだと確実に殺される。アーウィンだけでなく、全員がそう感じた。アマネ達の姿はこの世の物とは思えないほどにおぞましかった。


「くく・・・もう遅いのじゃ。」

「そうよ。この姿を見たからには・・・」

「あんたらは死ぬしかないんよ?」


 彼女達の笑い声と共にそこにあった全ての者の命は一瞬にして消えた。

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