接客~side胡蝶~
「会いたかったぞ、アマネ。」
「わらわも会いたかったのじゃ、宰相殿。」
今日のわらわの客はこの国の宰相。彼は自分にお熱で、こうして月に数回は会いに来る。
「他人行儀で水臭い。俺の事は名前で呼んでくれと言ってるじゃないか。」
「そうじゃったの、アーウィン。」
正直名前で呼ぶ気分ではない。この男はハルの件に一枚噛んでいる。だが今は一応客。そしてわらわはプロの娼婦。
「なかなか会えなくてわらわも寂しかったのじゃ。」
憂い気な表情でアーウィンを見つめる。
この程度の演技はお手の物だ。宰相だろうが、貴族だろうが、わらわにかかればあっという間に虜に出来る。それだけの魅力が自分にあるのはわかっているし、それを使う事に何の抵抗もない。・・・まあハルにはこれが利かないのじゃが。
そうじゃない。そんな事今はどうでもいいのじゃ。
わらわは余計な邪念を振り払う。今はこの宰相の機嫌を取りつつ、ハルの罪を何とかするのが先だ。
「そ、そうか?それは嬉しいな・・・どうだ?やっぱり俺の嫁にならんか?」
「それは以前断ったはずじゃが?」
「アマネ程の女に釣り合う男なんてそうはおらん。だが俺なら何不自由ない生活を約束できるぞ?それなりの社会的地位もある。」
わらわは静かに首を横に振る。
彼はあくまでただの客。恋愛感情なんて一ミリもない。お金をもらっているから恋愛ごっこをしているだけ。ただそれだけの関係。それ以上でもそれ以下でもない。
「わらわには娼婦として叶えたい夢があるんじゃ。だからそれは無理なんじゃよ。」
「むぅ・・・相変わらず頑固だな。しかし俺は諦めんぞ。」
「くくく、そうか。なら頑張ってわらわの首を縦に振らせてみるがよい。」
「望むところだ。」
不敵な笑みを浮かべるアーウィン。
この男は弊害があればあるほど燃えるタイプだ。だからこやつのわらわに対する恋慕を上手く擽り、気持ちを弄んでやるようにしている。
「それで・・・わらわの従業員が今日、審問官に連れて行かれたんじゃがお主は何か知っておるか?」
丁度いい頃合いだとわらわは本題を切り出す。本格的な恋愛ごっこに入られる前に話しておくのが得策だろう。
「ああ、もちろん知っておるぞ。国王の考えを支持したのは俺だからな。」
余計な事を・・・と声を上げそうになるが、ぐっと我慢する。
「そうなんじゃな・・・うちの従業員、返してもらえんかの?」
「ははは、アマネは面倒見がいいな。使えない男でも大事にするのだな。」
「そ、そうじゃの。当然じゃよ。」
・・・死ぬがよい。
つい心の中で悪態をついてしまうが、ここで取り乱しては全てが水の泡。わらわは一流の娼婦。しっかり演技をしろ。暴れるのはまだ先じゃ。
「安心しろ。あの男は国の方で上手く処理しておいてやる。もうアマネの手を煩わせる事はないぞ?」
この男は何を言ってるんだ。何時誰がそんな事を頼んだ。勘違いも甚だしい。
「そんな事はないのじゃ。彼はうちの大事な従業員じゃよ。返してもらえんかの?」
「大丈夫だ、気にするな。あ、礼はいらんぞ?なんせこれからいっぱいアマネに愛して貰うからな。」
下品に笑うアーウィンに悟られないよう小さく溜息を吐く。
この男は駄目だ。何を言っても無駄だ。どれだけ説明しても自分の考えが正しいと信じて疑わないだろう。正直にハルの事が大事だから返せといっても、それはきっと逆効果。わらわに求婚してる男にそんな事を言ったら間違いなく逆上する。ハルの身が危ない。とりあえずここは彼の戯れに付き合うのが最善だ。
「ではそうさせてもらうとするのじゃ。わらわの感謝の気持ち・・・しかと受け取るがよい。今宵も存分にわらわを愛してくれ。」
「もちろんだ。」
わらわは両手を軽く広げ、そっと微笑む。
しかし当然心中穏やかではない。「こいつはいつか殺す」そう心に強く誓う。
この男は何もわかっていない。わらわの事なんて何も。こいつがわらわに触れる資格なんてない。絶対に指一本触らせてやるものか。この世でわらわに触れてもいいのはハルだけなのじゃ。
* * *
「ヨギリさん、今日もお美しい。」
「ふふ、嬉しいでありんす。」
うちの今夜の客はとある貴族の子息。父親は国王の側近で、この国の政権の一端を担っている。爵位は侯爵。
「ああ、ほんとうに素敵だ。その可愛い狐耳と尻尾もよくヨギリさんに似合っている。今日もいっぱい愛でさせてくれ。」
「もちろんでありんすよ。」
絶対に嫌やと思いつつも、うちは笑顔で返事をする。
「そう言えば胡蝶の従業員の男が国家反逆罪に問われてるんだって?」
「そうなのでありんす・・・」
うちはすかさず話に乗っかる。探りを入れようと思っていたのに、向こうから話題を出してくれたのはラッキーだ。
「いい気味だ!今だから言うが俺はあいつが好きじゃなかったんだよ!」
「そ、そうなのでありんすか?理由を教えてくんなまし。」
「だってあいつはいつでもヨギリさんの側にいれるじゃないか。俺にはそれが羨ましくてしかたないのだよ。まああんな男にヨギリさんが靡くとは思えないがそれでも羨ましいのだ。」
残念ながらその予想は大外れや。うちはハルの事が大好きやねん。
「そうなんでありんすね。でも彼がいなくてわっちは不便でござりんす。なんとか彼を胡蝶へ帰らせる事は出来ないでありんすか?」
「そんなことはないだろう!何を言ってるんだ!やはりあいつは・・・!」
「そ、そういう意味ではないでありんす。」
危ない。激昂させるところだった。もうちょっとうまく言葉を選ばなければ。
「ざ、雑用でありんす!雑用してくれる人がいないのは不便という意味でありんすよ!わっち掃除とかしたくない・・・」
「なるほど・・・そうか・・・俺としてはいない方が嬉しいのだが・・・ヨギリさんが不便だというなら何とかしてやりたいという気持ちはあるな・・・」
「ぜ、是非なんとかしておくんなまし!」
うちはすがるような目で彼を見つめる。当然演技だ。
「ま、まかせてくれ。ヨギリさんにそんな目で見られたらたまらん。ヨギリさんを愛する男として絶対に何とかしてやるよ!あんな男でも使い道はあるだろうしな!」
「ふふ・・・お優しいのでありんすね。わっちは主さんのそういうとこ・・・大好きでありんす。」
上手く乗ってくれた。これで少しでもハルの状況がよくなればええんやけど。
「ああ、頑張るからその分今日いっぱい愛させてもらおうか。」
「ふふ、優しくしておくんなまし?」
うちは煽情的に微笑む。
馬鹿な人。うちが頼りにしていると勘違いしている哀れな人。お金を払わなければうちに会う資格もないのに。それに誰があんたなんかにうちの尻尾や耳を触らせてやるものか。あれを触っていいのはハルだけや。
でも今だけは恋愛ごっこに付き合ってあげるとしよか。これが幻ともわからない哀れな彼の為に、精一杯最高の娼婦を演じてやるわ。
「今宵もわっちで夢のような一時をお楽しみくんなまし。」
そう言ってうちは両手を軽く広げる。




