牢獄~sideハル~
国の犯罪者収容施設であろう塀の内は、中央が処刑場になっており、その周りに砦のような建物がいくつか建っていた。俺は兵士に連れられその建物の1つに入り、地下への階段を下らされる。どうやら牢獄は地下にあるらしい。
「え・・・ここ・・・?」
階段を降りると、いくつかの牢屋が整然と並んでいた。
薄暗く、とても臭い。鼻を刺すような臭いがする。そして歩く度に靴裏にねばついたモノを踏んづけている感触があって気持ちが悪い。
「入れ。」
俺は牢屋の1つへと押し込まれる。
どうやらここが今日の宿泊場所。
「うわ・・・なんか変な虫がいっぱいいるんだけど・・・」
宿屋のような快適な場所なんて期待していなかったが、これはさすがに酷過ぎる。
「今日の飯だ。さっさと食って寝ろ。」
何やらパンのようなものを投げ込むと、衛兵の男は踵を返してさっさと立ち去ってしまった。あまりこんなところに長居したくないのだろう。
俺はその様子を呆然と眺めていた。当然投げ込まれた食事は床に転がっている。
床に落ちた物を食えというのか。
「うわ・・・絶対食えない・・・」
しかもそのパンのような物体をよく見ると、なにやら蛆虫のようなのが湧いていた。とてもではないが口にしようとは思わない。絶対嫌だ。これを食うくらいなら死んだ方がましだ。というか食ったらそれが原因で死にそうだ・・・
しかしこの国の犯罪者の扱いはここまで酷いのか。というかそれ以前に俺は犯罪者でもなんでもない。取り調べ前なのにこの扱い。この国の法律は一体どうなってるんだ。
「でも俺でよかったと思おう。コハルがここに来たら・・・想像したくないな。」
コハルならここにぶち込まれた瞬間で全てを消滅させそうだ。
「でもここで一晩過ごすのか・・・虫とかは別に平気だけどさ・・・」
当然この牢獄にベッドなんてない。休むには地べたに寝転がるしかないのだが、座る事すら憚られる汚さだ。よくわからない気色の悪い虫がそこら中にいるし、虫の死骸から漏れ出た体液などで床全体がべたべたしている。トレイもないから人間の糞尿も混ざっていそうだ。
とてもではないが横になろうとは思わない。
「掃除くらいしろよ・・・」
前に住んでいたアパートも大概酷かったが、ここはそれ以上だ。どんな場所でも文句を言わず快適に過ごせる自信がある俺だが、さすがにこれは無理。
「でも何日いる事になるかわからないし、我慢して・・・座るか。」
体力を消耗するのは避けたい。最低限の休息は取っておかなければ・・・と自分に言い聞かせ覚悟を決める。
「・・・このねばねばしたの何なんだろ。」
とりあえず座る前に俺は恐る恐る床に指を滑らす。
「・・・あれ?」
手に汚れが一切ついていない。確かにねばついた感触があったのに、手には何もついていない。おもいきって指の匂いも嗅いでみたが、やはり何も臭わない。
どういうことだ。
今度は掌全体を床につけ、力強く擦ってみる。
「なんで?」
やはり手は綺麗なままだ。何かを触っている感触はあるのに、手には何も付着しない。あれだけ力強く擦れば、絶対に汚れが付着するはず。
「ん・・・そういえば虫も全然寄ってこない。むしろ俺を避けてるのか?」
人が近づけば虫は自然と逃げていくものだが、それでもここまであらかさまに避けたりはしない。明らかに不自然だ。
俺は試しに捕まえてみようと虫に手を伸ばす。
「そ、そんな勢いで逃げる・・・?」
虫がありえない速度で逃げていった。まるで俺が殺虫剤か何かになったようだ。
「・・・これはもしかして魔法か?」
そう言えば胡蝶を出る前、ヨギリやコハルに軽く背中を叩かれた。俺はてっきり「いってらっしゃい」という意味だと思い、全く気に留めなかったのだが、まさか・・・
「なんで寒くないんだ?というかむしろ心地いい。」
地下室で牢屋。絶対肌寒いだろう条件なのに、そんな事はまったくなく、むしろ快適な気温だ。
「それに腹も減ってない。今日は何も食べてないから空腹でもおかしくないのに。」
冷静になって今の自分の状況をよくよく考えると、明らかに全部がおかしい。体は汚れない、寒くない、暑くない、腹も空かない。
これは・・・間違いなくアマネ達の仕業だ。こんな芸当が出来るのは彼女達しかいない。
「なんだ・・・あいつらが守ってくれてるのか・・・」
そうとわかった瞬間、もの凄い安心感に包まれた。何も心配する事はない。アマネ達がついている。
「やっぱあいつら頼りになるなー・・・」
俺はそう呟くと、床に座りそのまま横になる。感触は気持ち悪いが、汚れないとわかっているので平気だ。さっきまで躊躇していたのが馬鹿みたいだ。
「うん、眠くなってきた・・・」
最近は色々とばたばたしていたせいであまり寝れてなかった。どうせ牢獄でやることなんてないし、惰眠を貪るのもありかもしれない。
「ありがと、アマネ、ヨギリ、コハル。」
彼女達への感謝の言葉を口にし、俺はそっと目を瞑る。
「でもちょっと寂しい・・・帰りたい・・・」
アマネ達が守ってくれているのに、あいつらは俺の側にいない。安心感はあるけど、明日はどうなるのかわからない。そんな不安定な状況が俺を心細くさせているのだろうか。こんなにもあいつらに会いたいと思ったのは初めてだ。
「アマネ・・・」
アマネに弄られたい、コハルに蹴られたい、ヨギリと言葉遊びがしたい。いつもなら何も考えずに過ごしている日常が、今となっては何より恋しい。




