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胡蝶の夢、夜に舞う  作者: 天霧 翔
第一章 胡蝶編
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来客

 あれからさらに数日が経ったある日、その時は突然訪れた。


 相変わらず俺の噂絡みで客が暴れたりしているが、多少は落ち着いてきた。最近は殴られる回数が1日1~2回くらいで済んでいる。まあ1回も殴られたくなんかないのだが。


「お邪魔致します。」


 そんなある日、胡蝶に思わぬ来客が来た。


「申し訳ございません、お客様。まだ開店前でございます。」


 俺が嬢達といつも通り朝礼を行っていたら、玄関の扉が開き、身なりのいい男性が店に入ってきた。だが俺はこの男の顔に見覚えがない。それに今日は新規の客はいなかったはずだ。


「当店は予約制になっておりまして、予約のないお客様はご案内する事が出来ません。申し訳ございませんが日を改めて頂きますようお願致します。」


 俺はテンプレと化した挨拶を返す。一見さんが胡蝶のシステムを知らずに来店することはよくある。だから対応は手慣れたものだ。

 

「いえ、私は客ではありません。本日はこちらへ御用があって参りました。」

「・・・?何かありましたでしょうか?」


 嬢達も突然の来訪者に何事かと首を傾げている。


 どうやらうちの嬢達の知り合いというわけでもなさそうだ。用事というのは「胡蝶に対しての用事」と言う事なのだろうか。


「はい、少々お待ちください。」


 そう言うと男は店の外へと出て行った。一体何なんだと俺も首を捻るが、すぐに別の男を連れて戻ってきた。


 本当にどういう事だ。


「邪魔するぞ。」


 先程の男とは違い、言葉遣いも態度も乱暴だ。だがこの男なら知っている。確かアマネの常連客だ。


「む・・・ラフェル殿か。今日はどうしたのじゃ?」


 俺に代わりアマネが返事をする。

 

「久しいな、アマネ嬢。最近は忙しくて中々来れないのだよ。」

「それは残念じゃの。じゃがそれをわざわざ言いに来たのか?」

「いや、用は別にある。」


 まあそれはそうだろう。そんな事を言う為だけに胡蝶に来るなんて頭おかしい。


「どうしたのじゃ?」

「うむ・・・この店の従業員で男はその者だけか?」

「そうじゃが・・・?」

「そうか、では俺と一緒に来てもらおう。」


 どういうことだ。確かに胡蝶で男の従業員は俺だけだが・・・。そもそもこの男は一体何者だと俺は頭の中の記憶を辿る。


(ああ・・・貴族様だっけ・・・)


 俺は誰にも聞こえないように小声で呟く。


 思い出した。確かこの男は貴族だったはずだ。爵位は男爵で王宮に勤めている。何の仕事をしているかまでは知らない。ただ当然俺に貴族の知り合いなどいない。そもそも友達なんてこの世界にいない。いるとしたらアマネやサクヤ達だけだ。


「何故じゃ?お主は審問官じゃろうが。先程の男はお主の部下か?もしうちのハルが何かしたのだとしても・・・お主が来るのはおかしかろう。うちの従業員に一体なんの用じゃ。」


 アマネが言いたい事を全部言ってくれた。というかアマネの剣幕が凄すぎて口を挟めない。同行しろと言った瞬間のアマネの形相は言葉に表せないくらいに恐ろしかった。


「い、いや・・・」


 そんなアマネの雰囲気にラフェルもすっかりたじろいでしまっている。

 

 ちなみに審問官とは国政に関する不正を暴き、断罪する役人だ。資金の不正利用等がそれにあたる。なので爵位持ちの貴族が主な粛清対象になる。だからアマネの言う通り、俺がその審問官に同行するという話はおかしい。もし俺が何か犯罪を犯していたとしても、審問官ではなく衛兵が身柄を確保しに来るはずだ。市民の犯罪は国の兵士が取り締まっているとアマネ達に以前教えてもらった。


「早く答えるがよい。審問官であるお主がうちのハルに何の用じゃ。」

「う、うむ・・・この男には国家反逆罪の容疑がかかっておる。だから俺がこうして出向いたと言う訳だ・・・同行拒否は出来ん。さっさと行くぞ。」


 有無を言わさぬ強引な口調。審問官とはそういうものなのだろうか。


 だがしかしまさかそんな用事だったとは。俺は「あの噂」を為政者が信じるわけがないと高を括っていたが、どうやら予想は大外れだったらしい。些細な噂でも万が一があると困るから調べに来たと言う事なのだろうか。


「ならん。それはわらわが許可せん。こやつの雇い主はわらわじゃ。わらわが代表してお主に同行しよう。それでよいな?」

「そ、それは駄目だ。アマネ嬢は関係ないからな。この男を連れて行くのが王や宰相から仰せつかった俺の役割なのだ。」

「ならんといっておるだろう!」


 断固として許可しないとアマネが拒否する。


 きっと俺を守ろうとしてくれているのだろう。しかし反逆罪とか言われても身に覚えなんてない。あの噂自体すべてデマなのだ。だから少し釈明すればすぐに誤解は解けるはず。アマネがそこまで心配する事でもないと思うのだが・・・


「聞き取り調査と言う事でしょうか。今日中に帰れますか?」


 もしそうであるなら彼に同行するのは吝かではない。


「それはわからん。だが問題ないようならすぐ帰れるだろう。」

「ならわらわも同行するのじゃ。こやつの身元引受人はわらわじゃからな。」

「そ、それも困る。今日のアマネ嬢の客には宰相殿がいらっしゃるだろう。胡蝶に問題はないのだからこのまま営業して貰わねば困る。」


 まあラフェルの言ってる事は正論だ。店の売り上げもあるし、俺だけが同行して誤解を解いてくるのが一番いい方法なのは間違いない。


 だがアマネの意見は少し違うようだ。


「そちらの都合などしらぬ。もしハルを連れて行くというのなら、こやつが戻るまで胡蝶は休業するのじゃ。異論は認めん。」


 ヨギリやコハル達もそれに同意のようで、全員が当然と言わんばかりの表情で頷いている。


「い、いやそれは・・・」

「ならわらわの同行を許可するのじゃ。」


 やはりアマネは断固として譲る気はないらしい。


「ハルは潔白でありんす。今ここで聞き取りをすればいいでありんしょう。」

「そうですわね。私達全員が証言いたしますわ。」


 ヨギリとコハルはここで取り調べをやれとラフェルを脅す。


「いやここでは・・・」


 ラフェルが完全に押され気味だ。男爵ともあろう貴族がここまでたじろぐのだからやはりアマネ達は本当に怖い。というよりアマネ達は本当にただの娼婦なのかと疑ってしまうレベルだ。


「まあまあ・・・身の潔白さえ証明できればすぐに帰れるんですよね?」


 だが正直ここでぐだぐだしている時間はあまりない。胡蝶の開店時間も迫っているし、俺が同行する事で丸く収まるのならそれでも構わない。


「う、うむ、問題なければすぐに釈放する。」

「ならぬ!ハル!わらわは許可せんのじゃ!」


 アマネが大声をあげる。


 彼女がここまで怒りを露わにするのは珍しい。


「でもアマネさん、正直なところ、今はそれしか手がないかと・・・。」


 俺の心配をしてくれているのだから、彼女の気持ちは嬉しい。感謝しかない。だがラフェルも譲る気が無い以上、俺が同行するしかないのは事実。


「・・・いやじゃ・・・駄目なのじゃ・・・」

「アマネさん、全部誤解なわけですし、すぐに戻れますよ。」


 俺がそう進言すると、アマネはしばし悩んだ後に宣言する。


「・・・わかったのじゃ。じゃが・・・今日中にハルが戻らなければ!明日から胡蝶は休業する!よいな!ラフェル殿!」


 これ以上は絶対に妥協しないという気迫をアマネから感じる。それもあってか、ラフェルもアマネの発言を否定しない。納得のいかない表情ではあるが、彼もこのあたりが落としどころだと思っているのだろう。


「では・・・ちょっといってきますね。みなさん、後はよろしくお願いします。」

「ハル・・・!早く戻ってくるでありんすよ?」

「そうですわ、ハルさんがいないと仕事になりませんわ。」


 ヨギリとコハルが愁いを帯びた顔をしている。


 ただ俺がいなくても胡蝶は上手く回るだろう。アマネ達であれば大丈夫、なんの問題もない。むしろ胡蝶で一番の足手まといは俺だ。いてもいなくてもいい存在。


 そんな俺に対してここまで言ってくれるヨギリやコハル。この世界での俺の居場所はやはりここだ。


「はい、分かりました。安心してください。私が帰る場所はここしかありません。だからすぐ戻ります。」


 俺はアマネやサクヤ達に軽く会釈し、ラフェルに続いて胡蝶を後にする。


 そう、大丈夫だ。俺は国家に反逆する気なんてないのだからすぐに釈放される。すぐにアマネ達の元へ帰れる。だから何の心配もいらない。

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