厄日
「まじで疲れた・・・」
もうすぐ胡蝶の閉店時間。後少しで1日が終わる。
しかし今日は本当に大変だった。
昨晩アマネ達は結局夜の7時過ぎまで俺の部屋にいやがった。まあそれはいい。彼女達と久々にのんびり話せたし、それはそれで楽しかった。一睡もしないで仕事する羽目にはなったが、それも別段問題ではない。ちょっと眠かったくらいだ。
では何が大変だったかというと・・・客とのトラブルだ。
いつもは大体1~2件あるかないかだ。身請けしたいだの、嬢を毎日買いたいだの、客がわがままを言い始めるのが通例。ただ今日のトラブルは少し毛色が違った。
まずユイカが客と揉めていたので部屋へ向かうと、「ユイカの為!」とか意味の分からない理由で殴られた。その次はマシロ。「マシロちゃんの敵は殺す!」と何故かまた殴られた。あとはユキとサラ。こちら内容は大体同じで、部屋に入ると同時に殴られた。これは酷い。
しかしまあヨギリやコハルが駆けつけてくれたので、どれも大事には至らなかった。いつものように記憶を消し、客にはお帰り頂いた。
最後はサクヤ。サクヤの客は特に酷かった。部屋に入るといきなり剣で斬りかかってきたのだ。さすがに命を危険を感じた。そして俺は情けない事に腰を抜かしてしまった。だがサクヤが背後から瞬時に客の意識を刈り取ってくれたので助かった。
「はぁ・・大事にはならなかったけどあれは焦った・・・」
俺は溜息と共に待合室のソファーに倒れ込む。
まさか1日でこんなにトラブルが起こり、もれなく暴力のおまけが付いて来るとは思わなかった。コハル達が治癒魔法をかけてくれたので痛みや傷は一切残っていない。だが精神的に酷く疲れた。いくら治癒魔法で傷や痛みが治ると言っても、殴られる痛みは当然ある。そのうち慣れるかと思ったが、全然慣れない。
「ハルさん・・・だ、大丈夫です・・・?あのその・・・ごめんなさい・・・!」
「ああ、ユイカさん。お疲れ様です。大丈夫ですよ。心配かけてすいません。」
いつの間にかユイカがいた。申し訳なさそうな顔で俺の隣に座っている。
「ハルさん、すいません。」
「いえ、サクヤさん、私こそ恥ずかしい姿をお見せしました。」
「いいんですよ。気にしないでください。」
今度はサクヤだ。いや、サクヤだけじゃない。アマネ達含め、他の嬢達も全員待合室に集まっている。
そうかもうそんな時間か。
「みなさん本日もお疲れ様でした。座ったままですいません。今日の終礼はこのままで勘弁してください。ではまず問題報告から・・・」
俺はいつものように終礼を始める。
「よい。ハルは休んでおれ。それに今日の報告はあれしかないじゃろ。」
アマネがわらわに任せろと言ってくれた。正直喋るのもしんどいので助かる。ここはアマネに一任するとしよう。
「助かります、アマネさん。」
「うむ。では問題を起こした5人の客についてじゃが・・・わらわ、コハル、ヨギリで処理しておくのじゃ。」
「まてまてまてまて!」
こいつは何を言ってるんだ。任せた途端、暴挙に出るな。喋るのがしんどいとか言ってる場合じゃない。
「なんじゃ?」
「『なんじゃ?』ではありません!約束しましたよね!?客の処理に関しては今後俺に相談すると!」
「うむ、だから今したじゃろ?」
当然かのようにアマネは言ってくるが、処理する前提で話が進められているのがそもそもおかしい。
「相談じゃないですよね!?今のはただの報告ですよね!?」
どう対処するかを話し合うのではなかったのか。
「え、当然処理はするじゃろ?」
「そうですわね。」
「当然でありんす。」
アマネの問いかけに即答するコハルとヨギリ。
「だからそれをするなって言ってるんですよ!ダメ!処理禁止!」
「な、なぜじゃ!?」
「客が減ります!あとこれ以上噂を悪化させたくないからですよ!」
何故そんな当たり前の事をいちいち説明しなければならないのか。普通に考えればわかるだろうが。
確かにあの噂は思ったより拡散しているし、想像以上に信じている阿保がいるようだ。今日俺が殴られたのは「嬢達を手篭めにして無理矢理言う事を聞かせている」という噂のせいだろう。
ユイカやサクヤに詳しく話を聞いたところ、情報操作の為「俺の噂は嘘だよ」と客にやんわり伝えていたら、急に激昂し暴れ出したとのこと。そしてそこに噂の渦中にいる俺が登場したことで、嬢にベタ惚れの客が嫉妬し襲い掛かってきた。そんなところだ。
正直放っておけばいいと思っていた噂だが、大分深刻のようだ。とはいっても、噂を信じて暴れていたのは全体の客の15%程度。2割にも満たない。
「まだ少数です。用心はするべきですが、気にする必要はないでしょう。」
ここで余計な事をして噂を拡大させるのは悪手ではないだろうか。客を処理なんかしたら間違いなく「胡蝶に通ってた客がまた消えた」と言われるだろう。そしたら俺に対する噂にも尾ひれがついて大変な事になるのは請け合いだ。暴れる客もさらに増える。どう考えても悪循環だ。
「だから記憶を消すだけに留めておいた方がいいと思います。ここでアマネさん達が動いたら余計に悪化するでしょう。」
「むぅ・・・確かにハルの言う事には一理あるのじゃ・・・」
アマネは不満そうな顔をしているが、一応は納得してくれたようだ。
「分かって貰えたならいいんです。だから報復行為は禁止です。いいですね、コハルさん、ヨギリさん?」
「まあハルさんがそう言うのでしたら・・・」
「・・・わかったでありんす。」
2人共渋々了承してくれた。しかしどんだけ「処理」したいんだ。うちの嬢達は血の気多すぎだろう。
「私なら大丈夫ですから。ヨギリさんやコハルさんが治癒魔法かけてくださいましたしなんの問題もありません。」
「でも・・・!痛かったでありんしょう!」
「まあそれはそうですけど。でもこれも仕事です。気にしないでください。」
そもそもあの客達は俺を見た瞬間殴ってきたわけではない。本当に問答無用なら待合室で俺が客の接客をした時に殴られているはず。だが彼らは嬢達が噂の虚偽を伝えようとしたら激昂したのだ。つまり余計な事はしない方がいい。「何もしない」が一番だ。
「情報操作も今後はしない方がいいかもしれませんね。自然と噂が収まるのを待つ方がいい気がします。」
「いえ・・・それはさせてください。今日は私達のやり方が下手だっただけです。」
サクヤがすいませんでしたと再び謝ってくる。
「そんな事ないでしょう。」
「あるんです・・・!私達のせいなんです!」
どうやら彼女達は、自分達の説得方法がお粗末だったから俺に被害が出たと思っており、それがどうしても許せないらしい。人心掌握はお手の物、男の扱いは誰より秀でているという彼女達のプライドだろうか。
「そこまで責任感じなくていいですよ。サクヤさん達は悪くありません。」
「・・・はい。」
静かに頷くサクヤ。まだどこか凹んでいる。やはり胡蝶の娼婦としてのプライドがあるのか。まあそればかりは俺にはどうしようもないので、彼女達が納得のいくようにしてもらうのがよさそうだ。
「今日の終礼はこの辺で終わりにしましょう。いいですか、アマネさん?」
俺にとっては激動の1日だったが、胡蝶からしてみれば些細な事でしかない。トラブルがちょっと多かっただけ。とりあえず当分の間は様子見だ。噂が収まるならそれでよし。暴れる客が2割を超えてくるようならまた改めてアマネ達と考えればいい。
「そうじゃの・・・まあ終わりにするかの・・・」
「ではお疲れ様でした。みなさん、ちゃんと休んでくださいね。」




