正常
例の噂とは勿論、「俺が胡蝶の娼婦達を使って国を支配しようとしている」というやつだ。それが為政者の耳に届いたとか言っていた。
ちなみに街に流れている俺の噂を細かく分けるとこうなる。「嬢達は俺の言う事なら何でも聞く」「俺は嬢達を食い散らかしている」「俺が国を支配しようとしている」だ。
ありえない。本当に傍迷惑な話だ。俺はただの従業員であり、嬢達のおもちゃ。それだけだ。確かに嬢達は俺に優しい。だが別に俺の言う事を何でも聞いてくれるわけじゃない。むしろ全然聞いてくれない。さっきもアマネ達に部屋を片付けろと言ったら「嫌」とか散々言われたし。
だから街の噂は本当に根も葉もないデマ・・・と言いたいところではあるが、そんな噂が出回る理由もわからなくはない。何故ならアマネ達なら国を支配出来てもおかしくないからだ。理由はもう言うまでもないだろう。
「それでアマネさん、話しておきたい事ってなんですか?」
「うむ。じゃがその前にお主の意見を聞かせてくれぬか?」
「私の意見ですか?」
「そうじゃ。この事についてお主はどう思うのじゃ?」
俺の認識とアマネ達の認識を擦り合わせておきたいと言う事だろうか。
「そうですね、私の意見ですと・・・特に気にする必要はないかと。」
俺としては、無視してもいいとさえ思っている。何故ならこの噂自体に現実味が一切ないからだ。
まず「胡蝶の娼婦を食い荒らしてる」について。普通に考えてそんな事は物理的に不可能だ。うちの嬢達は全員が毎日、欠かすことなく、客を取っている。仮に俺が遊び人だったとしても、手を出す時間など皆無。胡蝶通いしてる客ならこんなことは誰でもわかるはずだ。
次に「嬢達は俺の言う事なら何でも聞く」。まあこれは証明のしようがない。胡蝶の従業員である俺の指示に従う嬢達を客がみたら、そう勘違いされても仕方ない。というかこれが本当だったらどんなにいいか。もっと俺の仕事が楽になるのに。
最後に「俺が国を支配しようとしている」だが、説明する必要すらないだろう。ありえない。そもそも俺にそんな事をするメリットがない。何をどうすればそう言う考えに行きつくのかすらわからない。貴族でもない、名家の生まれでもない、王族の血縁者でもない、庶民の出の俺が為政に興味などあるわけないだろう。
為政者にこの噂が届いたところで俺と同じ見解になるはずだ。国王や大臣達がこんな馬鹿みたいな噂信じるとも思えない。
「ですので用心するに越したことはないですが、気にする必要はないかと。それにアマネさん達が客を使って情報操作までしてくれていますし、無視していい案件だと思います。すぐに噂は無くなるでしょう。」
「ふむ・・・正論じゃな。じゃがもしかしたら頭がお馬鹿な連中は『ハルは王になって金使い放題、女抱き放題の贅沢三昧をしようとしてる』と考えるかもしれんぞ?」
アマネはくくくといつもの意地悪な笑みを浮かべる。
「まあそうかもしれませんね。でもそれこそよく考えればわかることでしょう。」
仮に俺にそんな願望があったとしよう。それを実現する為、国王になる必要性がどこにあるのか。国王になったところでメリットが全くない。金使い放題ならこのまま胡蝶にいてアマネ達が稼いだ金を横領すればいい。女抱き放題がいいならそれこそ胡蝶の嬢達を買うなりして抱かせてもらえばいい。為政という余計な責任を負わされる事もないし、やるならこっちだ。
「ですので普通に考えて国王になるのではなく、『胡蝶とアマネさん達を支配する』が最適解でしょう。」
「ほう、したいのかの・・・?」
「・・・また殴りますよ?」
「じ、冗談なのじゃ!」
アマネが慌てふためいてるのがちょっと可愛い。
だがまあそう言う事だ。だから俺は噂をそれほど気にする必要はないと考えている。アマネ達も大体同じような感じだと思うのだが、どうだろうか。
「わっちは・・・」
「まあ待つのじゃヨギリ。」
ヨギリが何か言うとしたが、それをアマネが止める。
「わらわが言おう。ハルよ、わらわ達の意見も大体同じじゃ。1つ付け加えるなら、私怨でお主にちょっかいを出そうする者はおるかもしれん。じゃから用心はしっかりすべきじゃ。それくらいじゃな。」
確かにアマネの言う通りだ。胡蝶の嬢達を好き勝手していると思われているのであれば、恨み妬みは買っているかもしれない。先日の食堂にいたあの冒険者連中がいい例だ。殺されはしないだろうが、数発くらいは殴られるかもしれない。
「わかりました。それは気を付けるようにします。」
「うむ!それでよいのじゃ!わらわからの話はこれで終わりじゃ!」
「では今月の会議は終わりにしますか?」
他に問題提議もないならこれで会議は終わりでいいだろう。
「うむ、そうじゃな。そういえばハルよ、お主とりあえず風呂にでも入ってくるがよい。この時間なら大浴場使えるしの。」
「あ、それもそうですね。風呂に入って仕事まで少し寝るとします。」
コハルとヨギリが何か言いたそうな顔をしているのが少し気になったが、特に口を挟んでは来なかった。本当に言いたい事があるなら遠慮なく会話に入って来るはずだ。それをしないという事は、さほど重要な事ではないのだろう。気にしなくてよさそうだ。
「うむ、いってくるとよい。」
* * *
「アマネ、さっきの話・・・おかしいわよ。どういうことなの。」
ハルが風呂へ行ったのを見計らい、コハルがアマネを問い詰める。
「せやで。うちらの認識はちゃうやろ。ハルはこの国の事あまり知らんからああ思ってるのかもしれへんけど・・・」
ヨギリもどこか不満気だ。
「そうね。ヨギリの言う通りよ。まともな王なら私もあれでいいと思うわよ。でもこの国の王は・・・」
「いいのじゃ。今はあれでいいのじゃ。」
アマネがコハルの言葉を遮る。
「どうしてよ!これじゃハルが・・・!」
「せや!ちゃんと説明してや!」
そんな2人に対してアマネは静かに呟く。
「サクヤ達も集めてから話す。よいな。」




