荷物
「コハル、本当に大丈夫?」
「へ、平気よ!」
虫が苦手なのにこのまま部屋に向かっても大丈夫だろうか。まあ外よりは虫がいないと思うが、なんせ部屋は密閉された空間だ。万が一虫が飛来してコハルが暴走しないかが心配だ。
「虫除けの魔法とかないの?」
「こ、この建物ごと灰にしていいなら・・・」
「やめて。」
何物騒な事をさらっと言ってんだ。そもそもそれは虫除けじゃなくて駆除だろうが。
「まあ、俺の後ろに隠れとけ。」
「そ、そうする・・・。でもハルさんが引っ越すって決めてくれて本当によかったわ・・・こんなとこ住んでるとは思わなかったもの。」
「そうか?」
コハル的にはありえないらしい。
「だって変な臭いだってするじゃない!」
「ああ、飲食街近いしな。多少の腐敗臭はしかたない。」
ここは裏路地。飲食店のゴミ置き場が近くにあるのだ。
「だからヨギリを連れてこなかったの?」
「うん。ヨギリは特に匂いに敏感だしな。」
匂いや音に敏感なのは狐族の特性らしい。そんなヨギリをこんなところに連れてきたらそれこそここら一帯を灰にしそうだ。
「そうじゃの。わらわもさすがに長居はしたくないのじゃ。」
「そうね、早く終わらせましょ。」
「お主、荷物は・・・どこなのじゃ?」
「ハルさん・・・何もないわよ・・・?」
アマネとコハルを俺の部屋に連れてきたのだが、2人は何故か目を見開いて驚いている。荷物はどこなのとかよくわからない事を言っている。
というか荷物ならそこにあるだろう。
「これだけど?」
ベッドの横に置いてあった大きめの手提げカバンを持ち上げ、2人に見せる。
「え?あの・・・家具はどこですの?」
「そんなんないけど?」
ベッドは部屋に備え付けられていたものだ。だから「俺の家具」はない。どうせ寝に帰るだけの部屋。ソファーやテーブルなんてあっても使わない。服は仕事着であるスーツが数着だけなので、ドレッサーもいらない。食事は外食だから調理器具や食器類もいらない。それだけの事だ。
「ハル、一応聞くんじゃが・・・私物はどこなのじゃ?」
「だからこれだけど。」
再度手提げカバンを持ち上げアマネに見せる。この世界で俺が持っている私物はアマネが買ってくれた仕事着のスーツだけ。だからこのかばん1つ持っていけば引っ越しは終わりなのだ。
「アマネ・・・?わかってるわよね、あなたのせいよ?」
何の事だろう。何がアマネのせいなのだろうか。
「う、うむ。ハル、お賃金少しならあげてやってもよいのじゃぞ?」
「いや十分貰ってるけど。」
「じゃが・・・何も買えないのは可哀そうなのじゃ・・・!」
なるほど。アマネが俺に十分な給料を渡してないから「アマネのせい」だとコハルは言っているのか。だがそれは勘違いだ。
「別に平気だけど?」
「ハルさん、よかったらお姉さんがお小遣いあげるわよ・・・?」
どうやら根本的に勘違いしてるらしい。
「本当に困ってないんだって。我慢してるとかじゃない。家具とかいらないし、欲しいものだって別にない。だから平気なんだって。」
この部屋には寝に帰るだけだから本当に何も必要ないとアマネとコハルに説明する。
「でもでも!それはよくないわよ!」
コハルがそんなの絶対ダメと言って利かない。
「そうじゃの、ちと働かせすぎた・・・」
アマネも同意見なのか、何やら不穏な事を言い始めた。
「別にいいんだって。大体お金や休みがあっても買いたい物も行きたいところもない。俺はこの街の事全然知らないしね。遊びに行く相手もいない。」
長期休暇を与えるとか言い出しそうだったので弁明しておく。そもそもそんな休みを貰っても困る。俺は胡蝶で仕事してる時が一番楽しいのだから俺の楽しみを取らないで欲しい。
「でもハルは今日から胡蝶に住むしの・・・尚更外に出なくなりそうじゃ。」
「そうよ。そんなのダメ。だから・・・」
「コハル待て。でも例の噂があるんだからその方がいいだろ?」
変な提案をされる前に俺はコハルの言葉を遮る。
「そ、それはそうだけど・・・!」
「じゃあ・・・コハルが付きあってよ。俺をどっか遊びに連れてってよ。」
コハルなら護衛としても適任だし、認識阻害の魔法もかけてもらえる。
「・・・!い、いいわよ!ええ、しょうがないからいってあげるわ!」
「アマネも偶には付き合ってくれるか?」
「う、うむ!仕方ないからわらわが特別に付き合ってやるのじゃ!」
何故か2人の機嫌が一気に直った。鼻歌まで歌い始めたし上機嫌だ。そんなに行きたい場所があるのだろうか。まあそれなら丁度いいが。
「じゃあ帰ろうか。」
「そうじゃの。でも荷物がそれしかないならわらわ達いらんかったじゃろ。なぜ手伝えと言ったのじゃ?」
それはヨギリが助けを求めてきたからなんだが、馬鹿正直にここでそれを言う訳にもいかない。
「アマネから例の噂の報告をされたところだったし、護衛は必要でしょ?」
「うむ、そうじゃったの。わらわ達が2人いたほうが確かに安心じゃ。」
上手く誤魔化せた。
しかしあんな噂で本当に俺の身に危険があるのだろうか。ただの従業員の俺なんかを攫ったところで胡蝶になんの不利益もないのに。まあでも用心するに越したことはないだろう。俺だって命は惜しい。
「アマネ、コハル、せっかくだし食事でもしてから帰らない?」
「それは名案なのじゃ!」
「そうね、そうしましょう!」
2人とも賛成らしい。
なら早速飲食街へ向かうとしよう・・・ただその前にどうしても言っておかなければならない事が1つある。
「コハル、あの・・・言いにくいんだが・・・実はちょっと前から肩に虫が・・・」
「い、い、いやあああああああああああああああ!!!!!」
悲鳴を上げながらコハルが全力で何らかの魔法を放つ。
「ちょ、ちょっとまっ・・・!」
必死にコハルを止めようとしたが、無理だった。
俺のアパートが消し炭になり・・・かけたが、アマネが被害を最小限で食い止めてくれた。さすがアマネ。なんとかなった。
尚、俺のベッドだった物は燃えた。
魔法凄い。っていうか怖い。




