廃墟
「そうですね・・・とりあえず皆さん、その笑い方怖いのでやめてください。」
俺はヨギリとコハルを引っ叩く。
「ハル!叩かないでおくんなまし!」
「そうですわよ!ちょっと痛かったんですからね!」
そんな人を殺しそうな笑顔をしている方が悪い。怖いからやめろ。俺の噂に腹を立立ててくれるのは嬉しいが、その俺を怖がらせてどうする。
「アマネさん、どうするべきだと思いますか?」
「うむ。今は特に何かする必要はないじゃろ。」
さすがにアマネは冷静だ。
俺も正直それに同意見。何故なら所詮噂は噂。そしてその噂をおいそれと国王や大臣達が信用するとも思えない。つまり今は下手に動かない方が得策。そもそもアマネ達が客に情報操作をしてくれているのであれば、その効果を待てばいいだけだ。
「そう言う事じゃな。じゃからヨギリ、コハル、勝手な真似はするな。サクヤ達もじゃぞ?」
アマネが皆に釘を刺してくれた。とりあえずこれで大丈夫だろう。さすがにコハル達もアマネに逆らう事はしないはずだ。
「あとハル、お主もじゃ。」
「私もですか?」
「勝手に1人で出歩いたりするなということじゃ。出掛けたい時は必ず誰かを連れていくようにするのじゃ。わかったの?」
自由行動は禁止らしい。まあそれも当然か。噂を信じた一部の者が先走って俺を捕まえようとする可能性だって十分にある。
「すいません、よろしくお願いします。」
「うむ、まかせるがよい。お主の事はわらわ達がちゃんと守ってやるのじゃ。」
アマネ達が護衛についてくれるのであれば安心だ。女に守られるとは男として情けない話だが、俺は戦闘が出来ないのだから仕方ない。
「頼りにしています。では早速ですがアマネさん、コハルさん、行きましょうか。」
「そうじゃな、行くとするのじゃ。」
「ええ、任せてくださいませ。」
まずはさっさと引っ越しを終わらせてしまうとしよう。
「ん?ここがお主の借りている家じゃったか?」
アマネが建物を見上げながら呟く。
「うん、ここだな。アマネ覚えてないのか?」
俺が借りている家は歓楽街を出て、飲食街を抜けた先にある。ここからなら胡蝶まで歩いて20分くらいなので、便利なのだ。
ちなみにこの喋り方については、「気持ち悪いから今すぐ丁寧語はやめろ」と胡蝶を出て早々にアマネとコハルに脅された。やはり不評らしい。
「さすがに忘れたのじゃ。」
「それもそうか、アマネが来たのは最初の1回だけだもんな。」
アマネに拾われ、右も左も分からなかった俺を面倒見てくれたアマネ。家探しも当然彼女が手伝ってくれた。
「うむ、じゃが・・・ここは猛反対したことは今でも覚えておるぞ!」
「だってここが一番便利だったんだからしょうがないだろ。」
アマネが当初紹介してくれた家はここではなく、胡蝶から遠く離れた住宅地区にある家・・・というか屋敷だった。アマネは「胡蝶で働く者としてこのくらいの屋敷に住むのじゃ!」とか言っていたが、さすがに断った。どうせ1人なのだから、そんなでかい屋敷はいらない。
俺は利便性を重視してこの家を借りた。だがこの家に住み始めてからも数か月くらいは「いますぐ引っ越すのじゃ」と口うるさくアマネに言われ続けた。何故そこまで・・・と不思議思っていたのだが、どうやら俺が借りた家は金に困ってる者が借りるような家らしい。ある程度の稼ぎがあるのであれば、屋敷を借りるのがこの世界では一般的なんだとか。だが当時は金に困って行き倒れていたわけだし、そういう意味でも妥当な場所ではないだろうか。
「だってこんなのは家じゃないのじゃ!部屋!部屋なのじゃ!」
「だからそれで十分だって言ってるだろうが。」
そう、アマネの言う通り、俺が借りたのは「家」ではなく「部屋」だ。前の世界で言うところのアパート。だが金も無かった俺にする事なんて仕事くらいしかない。当分は胡蝶と家の往復になると思っていたし、問題はなかった。
そして実際にその通りで、1年経った今でも胡蝶と家の往復しかしていない。嬢はローテーションで休みが取れるが、従業員の俺に休みなんてあるわけがない。まあ胡蝶は年中無休なので仕方ない事だが。それに休みなんてあっても出掛けるところなんてないのでこれでいい。
「え、あの・・・ハルさん?ほ、ほんとにここに住んでるの?」
「うん、そうだけど?どうしたコハル、大丈夫か?」
コハルの顔色が少し悪い気がする。
「だ、だって!こ、こんなボロいのよ!」
うん、まあそうなんだけど。アマネがここを反対した何よりの理由はこのボロさだ。飲食街を抜けた裏路地にある俺の木造アパートは、それはもう廃墟ではないかというくらいにボロい。全体的に腐りかけているし、窓だって半分くらいはガラスが割れている。
「でも凄く安いんだ。お得だろ?」
おかげでタダ同然の値段で借りられたのだ。素晴らしい。
「す、素晴らしくないわよ!ほら虫だってあそこに・・・!って嫌あああああ!!!!こっちこないでっ!!!!!こないでっ!!!!」
コハルが指差した先に黒光りした虫がいた。そしてこっちに向かって飛んでくる。俺はそれを適当に叩き落とす。
まあここは飲食街が近いので、虫も大量に出る。こんなのは日常茶飯事だ。なんてことはない。こういう理由もあり、ここは家賃が安いのだろう。
「え、コハル?」
「な、なによぉ・・・」
あのコハルが半泣きで俺に抱き着いている。
「あ、もしかして虫苦手だった?」
「べ、別に苦手じゃ・・・!ひっ・・・また飛んできた!嫌嫌嫌ああああ!!!」
俺の背中に顔埋め、すっかり怯えているコハル。まさか虫が苦手だったとは微塵も思わなかった。どんなに強くても、どんなに凄い魔法使いでも、駄目なものは駄目なのだろう。
「ごめんね、先に帰る?」
「だ、大丈夫・・・ここにいる・・・」
「そ、そう。」
このコハル、なんだかもの凄く可愛い。意外性というやつかもしれない。
ちなみにアマネは「鬱陶しいのじゃ」とかいいながら平然とした顔でペシペシと虫を叩き落としている。うん、あれだよ。うちの娼婦達はみんなあんな感じで無敵だと思っていた。
「こんな虫に怯えるなんてコハルは情けないのじゃ。」
勝ち誇った表情を浮かべるアマネ。
「さすがアマネだな。でも今のコハルはちょっと可愛い。」
「え!?ほ、ほんと・・・?」
「うん、可愛いと思うよ。」
こう守ってあげたくなる女の子という感じがする。普段のコハルからは想像出来ない姿だ。だから余計可愛いと思ってしまうのかもしれない。
「ハル・・・!わらわも虫が怖いのじゃああああ!」
わざとらしい悲鳴をあげながらアマネが駆け寄ってくる。
「何、アホな事言ってんだ。早く引っ越し終わらせるぞ。」
抱き着かれると鬱陶しい。アマネの事を躱してさっさと部屋へ向かう。
大体さっきまで素手で虫を処理していたやつが何を言ってるんだ。いちいち突っ込むのも面倒なんだからやめて欲しい。
「・・・お主あとで説教じゃ。」
「なんで!?」




