不穏
「みなさん、本日もお疲れ様でした。」
あれからヨギリに叩き起こされ、俺は残りの仕事を片付けた。そして午前6時、胡蝶閉店の時間だ。
今日はいい日だった。昼寝も出来たし、尻尾も触れた。ヨギリのあのもふもふ尻尾を触れた。本当に本当に素晴らしい日だ。
「お疲れ様ですわ。ハルさん、何かいつもより元気ですわよ?」
さすがコハル、鋭い。まあ昼寝は別に隠すような事でもない。言ってもいいだろう。ただ尻尾の事は隠す。俺が尻尾や耳好きとバレてはいけない。
「はい。ヨギリさんの部屋の掃除が早めに終わりまして。そしたら昼寝をしてもいいと言って頂きましたので、少し休ませて頂いたのです。」
「あ、あら・・・そ、そうなんですね?」
どうしたんだろう、コハルの様子がおかしい。
「そうでありんす。主さんはお疲れのようだったので心優しいわっちがお昼寝を勧めたのでござりんす。」
「黙っておれ、ヨギリ。・・・で、ハルよ。お主はぐっすり休めたのか?すぐに寝付けたのか?」
アマネが「早く答えろ」ともの凄い圧力をかけてくる。怖い。
「はい、それはもう。ベッドに入った途端寝てしまいました。おかげで疲れも取れて元気になりましたよ。」
「そ、そうか。それはよかったのじゃ。」
何やらぎこちない笑みを浮かべるアマネ。
「どうかしたんですか?」
「う、うむ・・・まあ・・・言ってもよいか・・・。お主、ヨギリに魔法で眠らされたんじゃな。」
「はい?」
「大体そんな早く寝付けるわけなかろう。それにお主には睡眠魔法の痕跡が残っておるのじゃ。」
それは知らなかった。魔法に痕跡が残るというのは初耳だ。勉強になる・・・とか言ってる場合じゃない。一体どういう事だ。俺が魔法で眠らされていただと。
「ヨギリさん?」
「し、しらないでありんす。主さんはきっと相当疲れてたのでありんすよ。」
「もう1回聞きますね。ヨギリさん?」
「・・・わっちの魔法でありんす。たまには主さんを休ませたかったのでござりんす。」
素直に白状するヨギリ。しかし本当に何してんだ、この狐は。
だがまあ別に怒っているわけではない。俺の体調を気遣ってくれてのことだ。
「大丈夫です、怒ってないですよ。」
「本当でありんす?」
「ええ、今日はこれから引っ越しですし、むしろ助かりました。気を使って頂いてありがとうございます。」
「ふふ、もっと褒めてもいいでありんすよ。」
まるで自分の功績を称えよと言わんばかりのヨギリ。
「ヨギリ!お主はあとで説教じゃ!」
「そうですわね、たっぷりと折檻が必要なようですわね。」
何故かアマネとコハルの目が怖い。しかもあれは本気だ。別に俺は気にしてないし、そんなに怒る事はないとおもうのだが・・・でも今の彼女達に口を出すとこっちに飛び火しそうだ。黙っていよう。それにサクヤやサラといった他の嬢達もその気らしい。ヨギリを殺意ある目で睨んでいる。
「ぬ、主さんからも何か言ってやっておくんなまし!」
おい、やめろ。こっちに助けを求めるな。自分で蒔いた種なんだから自分で回収しろ・・・と本来であれば言いたいところだが、今日はもふもふ尻尾を触れて最高に気分がいい。そのお礼として助け舟くらいは出してやろう。
「アマネさん、コハルさん。」
「なんじゃ?お主の頼みでもヨギリの説教は無しにはならんぞ?」
「そうですわよ?」
「いえ、今日引っ越しなんですが、手伝ってくれません?どうせ護衛に誰かをつけてくださるつもりなんですよね?それなら私はコハルさんとアマネさんがいいです。」
まあ2人にやる事でも与えておけば、説教は後回しになるだろう。ヨギリならその間に説教を回避する方法くらい思いつくはずだ。ただアマネやコハルが俺の引っ越しなんて雑用を引き受けてくれるかはわからないが。
「し、しょうがないの!手伝ってやるのじゃ!」
「特別ですわよ?私が手伝って差し上げますわ。」
いいらしい。
頼胡蝶のトップ2にそんな事させていいものかと今更ながら思うが、まあ2人がいいならいいか。深く考えるのは止めておこう。
「それでは終礼の後、一緒に家に行きましょう。」
「うむ!」
「ええ、わかったわ。」
さて、後は今日の報告をするだけだ。とは言っても、表立ったトラブルは特になかった。
「私から報告はございません。皆さんからはありますか?なければ今日はこれで終わりにしますが・・・」
様式美となったいつもの決まり文句で俺は終礼を締め括る。
「うむ、1つだけあるのじゃ。」
「珍しいですね。どうしました、アマネさん?」
こうして誰かが報告してくるというのは正直かなり珍しい。しかもそれがアマネとは。
「うむ・・・あまりよくない話なんじゃが・・・昨夜のわらわの客がちと不穏な事を言っておっての・・・」
「不穏な事?」
うちには娼婦の頂点であるアマネやコハル、そしてヨギリがいる。彼女達の客には国の重鎮や貴族達といった名立たる権力者が名を連ねている。アマネ達が頼めばどんな願いでも叶えてくれるだろう連中だ。
それと同時にアマネ達は国屈指、いや世界屈指の冒険者、そして魔法使いだ。そんなアマネ達がいるこの胡蝶に対して不穏な事とは一体・・・
「ハル、お主のことじゃ。」
「え?私ですか?」
「うむ。先日お主がコハルと街で食事をした際、耳にした噂があるじゃろ?あれのことなんじゃが・・・」
アマネ曰く、俺が「胡蝶を使って国を支配しようとしている」という根も葉もない噂が為政者の耳に届いているのだとか。
為政者。それはつまり国王。そしてその側近である官僚達。
「もちろんわらわは否定しておる。そしてわらわの客にもそう言っておる。じゃがこの娼館に来ぬ者達にそれを伝える術はない。それがちと心配なのじゃ。」
つまりアマネ達の客であればどうとでも出来るが、問題は客ではない連中ということか。アマネ達が客を使って出来る情報操作にも限界があるのだろう。
「今すぐどうこうなる問題ではないと思うんじゃが気になっての。お主に言うか迷ったのじゃが、お主はもう噂を知っておるしの。」
「そうですね。教えてくれてありがとうございます。すいません、私のせいで皆さんにご迷惑をおかけして。」
「あほ!ハルはなんも悪くないのじゃ!悪いのはわらわ達・・・そして噂のほうじゃ!」
アマネが大声で怒鳴る。
「そうでありんす。これは噂の出所を探して粛清する必要がありんすね。」
「ふふ、そんな噂を信じたお馬鹿さんには相応の報いが必要ですわね。」
ヨギリやコハルが悪魔のような微笑みを浮かべている。さらには他の嬢達からも殺気に近い何かを感じる。
どうやら彼女達を本格的に怒らせてしまったらしい。
「そうですね・・・とりあえず皆さん、その笑い方怖いのでやめてください。」




