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胡蝶の夢、夜に舞う  作者: 天霧 翔
第一章 胡蝶編
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臆病者

「ハル?寝たん?」


 ハルの頬を人差し指で軽く突く。どうやらちゃんと寝ているようだ。


「ほんま・・・ハルはしょーもないねんから・・・」


 うちは溜息を吐く。


 何が「尻尾なんて好きじゃない」だ。本人はバレてない思ってるみたいだけど当然バレバレ。というかなんであれで隠せてると思ってるのか不思議でならない。


「あんな幸せそうな目で尻尾見つめるんやもんなぁ。」


 尻尾の手入れをしてと言った時のハルの顔は凄かった。それはもう「俺生きててよかった」的なオーラが出まくっていた。それにいつもチラチラうちの尻尾や耳を見てくる。そんなに好きなのかと呆れてしまう程だ。


「まあ・・・うちはそれが嬉しいねんけど。」


 そもそもうちら狐人族が他人に尻尾の手入れを頼むなんてのはありえない。ハルは異世界出身のせいかその辺りの狐人族の常識を全くわかっていない。これがどれ程の事か全然わかっていないのだ。


「知ってる?うちが尻尾触らせたのはハルだけやねんで?」


 アマネやコハル、他の嬢達にすら触らせたことがない。当然客にも触らせない。というか絶対触られたくない。


「・・・っん!・・・あっ!こら!勝手になにしてんねん・・・!」


 急に尻尾に違和感を感じ、ハルの方を見る。するとそこには大事そうにうちの尻尾を抱きかかえて寝るハルの姿があった。本当に幸せそうだ。


「もう・・・特別やからね。その代わり・・・うちもええよな?」


 うちはハルの隣に添い寝するように横たわり、彼をそっと抱きしめる。


 嬉しい。幸せ。


「あったかいわ・・・。ハル、知ってる?うちがこうして抱きしめるのもハルだけなんよ?・・・うち、あんたの事好いてんねんで?」


 普段なら口が裂けても言えない事だ。言いたいとは思う。でも言えない。うちにそんな勇気ははない。行動で好意を示そうとはしているけど、上手くいかない。というかこの唐変木が気付くわけがない。


 いつか気付いて貰える日が来て欲しい。だがコハルやアマネを見ていると、そんな日が来る気は全くしない。好意をあれだけ分かりやすく表に出しているあの2人でさえ気付いて貰えていないのだ。ハルに気付いて貰うのはもはや絶望的と言ってもいいだろう。


「うちの夢が叶って、娼婦を辞める時には・・・」


 その時にははっきりと言おう。そうしないとハルは気付かないだろう。


「でも今の胡蝶を見ると、割とその日も近いかもしれへんね。」


 それも全部ハルのおかげだ。だから胡蝶の娼婦達はハルに感謝しているし、全員彼を慕っている。まあアマネやコハル以外は「家族のように」だが。


 つまり自分のライバルはあの2人。一筋縄ではいかない強敵だ。


「絶対負けへんねん。ハルはうちのもんや。絶対誰にもあげへん。」


 190年生きたうちが初めて惚れた人。多分これを本人に言ったら「何で?」というだろう。でもうちの過去を聞いたら分かってくれるかもしれない。うちはずっとこのゴミみたいな世界が大っ嫌いだった。でもハルに会って、この世界に生まれてよかったと初めて思えた。


 だからそんな自分を救ってくれた人を好きにならないわけがない。


「でもうちが『あんたに救われたんよ』って説明しても『え?何で?』とか平気で言いそうや。この唐変木はほんましょーもないねんから・・・」


 間違いなく「え、俺なんもしてないよ?」とか言う。この男は絶対言う。だがまあ意図的に彼が何かをしたわけではないので、ハルからしてみたらそう思うのは仕方のない事だ。この娼館でハルと出会い、うちが勝手に救われただけなのだから。


「でも本当に言ったらしばきまわしたんねん。」


 理不尽だとは思うが、この鈍感男にはそれくらいはしてもいいだろう。


「うちの過去聞いたらハルはどう思うんやろな・・・?悲しんでくれるんやろか?それとも軽蔑するんかな?」


 これに関してはアマネに口止めされているわけではない。この娼館の目的さえ言わなければ問題はない。だからうちの過去をいつか話したい。早く話したい。そう思う気持ちは常にあるのだが、どうしても最後の一歩が踏み出せない。嫌われたらどうしよう、軽蔑されたらどうしようという気持ちが邪魔をする。


「ハルなら・・・一緒に泣いてくれそうな気がするんよね・・・。でももうちょっと、もうちょっとだけ待ってな?臆病者のうちには勇気を出す時間が必要やねんよ・・・。」


 決心がついたら彼に自分の過去を話そう。そして偽りの姿じゃない本当のうちを見せよう。


「もう1時間経つけど・・・ちょっとくらいズルしてもええよね?」 


 うちの尻尾を大事に抱いて眠るハル。そんな彼をうちはギュッと抱きしめる。

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