尻尾
「そうやってうちのこと虐めるなら・・・うちの尻尾一生触らせてやらんよ!」
な、なんだと・・・。
そうくるとは思わなかった。不味い、動揺しそうだ。だが今まで尻尾好きを隠し通してきたんだ。こんなところでバレるわけにはいかない。
「そ、それがどうしたんだ?」
「ふーん?ええんや?ハルはうちの尻尾触りたないんや?」
「べ、別に好きじゃないしな。立派で綺麗だとは思うけど。」
俺は必死にポーカーフェイスを保つ。鋭いヨギリの事だ、顔に出したら絶対にバレる。耐えろ、ここは耐えるんだ。うちの娼婦達に私的意見は言わないとあれだけ誓ってきたんだ。こんなところでそれを破るわけにはいかない。
商品。そうヨギリは胡蝶の大事な商品だ。俺はそう自分に言い聞かせる。
「まあハルはうちが娼婦やってる間はそういう事せえへんのはわかっとる。それも仕事やもんね?でも娼婦辞めたら触らせてあげようおもたんやけど・・・じゃあそれも無しでええんやね?」
「よし、ちょっと落ち着こうか。」
それとこれとは話が違う。俺がここで働いていて、ヨギリが娼婦をやっている限りは、俺が尻尾や耳が大好きなのは絶対に隠し通す。だがそうでなくなったら俺は全力でこう宣言してやるつもりなのだ。「尻尾最高!」と。そしてヨギリに土下座して「触らせてください」と言うつもりだ。あれを触れるならプライドなんぞいらん。
「ほんまに・・・ハルはかわええなぁ。」
何故か急にくすくすと笑い始めるヨギリ。
「な、何の話だ。」
「冗談やよ。そもそもアマネ達に告げ口する気初めからないんやろ?だからお互い冗談ってことにしよな?」
「そうだな。うん、それがいい、そうしよう。」
よかった。なんとか上手く切り抜けられたようだ。
しかしなんかヨギリにいいように遊ばれているみたいで居心地が悪い。とりあえず大掃除の続きでもして誤魔化すとしよう。
「掃除いつもおおきにな。」
「これが俺の仕事だから別にいいって。それよりヨギリ、あまり客を『処理』とかするな。今度からはやる前に相談してくれないか?」
俺の為にしてくれている事なので気持ちは嬉しいが、今後は控えて貰いたい。
「なんで?」
「だって余計な仕事だろ。」
ヨギリ達に止めてもらいた理由は、客が可哀そうだからではない。単純に彼女達の手間を増やす事になるからだ。
「別に平気やよ?」
「そうかもしれないけど、余計な仕事には変わりない。だから俺の護衛についてもああいう案を出したわけだし。」
「うーん・・・ハルの頼みやしきいてあげたいねんけど・・・」
ヨギリの独断で止めるとは言えないのだろう。まあどうせこれもアマネが決めたルールなのだから当然と言えば当然か。
「じゃあアマネにもお願いしておく。後、処理するなとは言わない。ただどうするか決める時、俺にも相談して欲しい。それでどうだ?」
「うん、それならええよ。もうハルにもこの事バレてしもたし、それならうちはかまへんよ。」
交渉成立。とりあえずこの件はこれでいいだろう。あのとんでもない噂はこういう「処理」が原因なのは間違いない。それを少しでも減らせれば、噂も落ち着いてくれるはずだ。
ただ個人的には「俺が胡蝶の娼婦達を食い漁ってる」という超絶不名誉な噂の方をなんとかしたい。だがこちらについては正直良い案が思いつかない。そもそもアマネ達と出歩く事すら控えているのにこんな噂が広まっているのだから、俺にはどうしようもない。とりあえずこっちについては様子見しかないだろう。
「ハル、掃除はもう終わったん?」
「うん、大体終わったけど。掃除したりないとこあった?」
「ううん、ないで。おおきにな。」
てっきり「ここにまだ埃が溜まってるでありんす」といつものように虐められるのかと思ったが、普通にお礼を言われた。そう言えば今日のヨギリはまったく掃除の邪魔をしてこなかった。
気になる。どうしたのだろうか。
「どうした?」
「ん・・・その・・・終わったんなら・・・これ」
ヨギリが俺の方へ何かを投げる。
「・・・っと。急に投げるなよ・・・ん、櫛?」
「今日は尻尾の手入れがまだなんよ。ハルがしてくれへん?」
ヨギリが尻尾をぱたぱたと揺らしている。
是非、是非ともやりたい。
「い、いや・・・俺は・・・」
でもダメだ。魅力的な提案だがそれはダメだ。
「はぁ・・・まったく・・・。ハルがうちの尻尾、別に好きちゃうのは知ってるから大丈夫やで?これはあくまで手入れや。毎日やってることやねん。」
だがいつもは自分でやっている事だろう。何故今日に限って俺に頼むのか。
「今日はちょっと寝違えてしもてね。自分で尻尾の手入れするの辛いんよ。だからハルがしてくれたら助かるねんけど。」
これは何という幸運。何という棚から牡丹餅。正当な理由でヨギリのあの素晴らしい尻尾を触れるとは。今日は厄日だと思っていたが、最高の1日になりそうだ。
「なんだ、そう言う事か。もちろん、喜んで。」
顔に出さないよう、俺は必死に平然を装う。勿論心の中ではそれはもう小躍りしているが。
「ほな、こっち。うちのベッドで頼むわ。」
ヨギリはベッドに横たわると、横向きになって尻尾を出す。
「わかった。」
そっと彼女のベッドに乗り、早速渡された櫛で尻尾の手入れを始める。こうやってヨギリの尻尾を触らせてもらえるのは実は初めてだ。
ヨギリの尻尾は、彼女の髪と同じ黒色。それはもう溜息が零れるほどの、美しい漆黒だ。毛並みも当然素晴らしく、手櫛で十分なくらいにサラサラ。それでいて触り心地も最高で、羽毛布団のようにそっと俺の手を優しく包み込んでくる。一言でそれを表すなら・・・もふもふ最高。
「凄いな・・・毛並みも綺麗だし、触り心地も最高だ。」
「当然やよ。うちの自慢の尻尾やしね。」
俺は無我夢中でヨギリの尻尾に櫛を通す。楽しい。めっちゃ楽しい。仕事の疲れがどこかへ飛んでいく。
「ふぁ・・・」
あまりの心地よさについ欠伸が出てしまった。
「ハル、眠いん?」
「大丈夫。ちょっと気が抜けただけ。」
「まだ時間に余裕あるし、少し寝てもええよ?」
「いや、さすがにここで寝るわけには・・・」
「ええよ。うちがちゃんと起こしたるし。トラブルが起こってないかもちゃんとうちが見てる。だから疲れたなら少し横になってもええんよ?」
ヨギリに任せておけば確かに大丈夫だ。それにたまには昼寝するのも悪くないかもしれない。だがまだ仕事中だし・・・
「ほら、尻尾の手入れはもうええよ。」
ヨギリは俺から櫛を取り上げると、軽く体を押してくる。微妙な姿勢でベッドに座っていたので、俺は体勢を崩し、そのまま枕めがけて倒れ込んでしまう。
「ん、ベッド気持ちいいな・・・」
思っていたより俺は疲れていたのだろうか、瞬時に睡魔が襲ってきた。
「せやろ?ハルはいつも頑張ってる。だからたまにはゆっくり昼寝しよ?」
「じゃあ・・・ちょっとだけ・・・1時間で起こして・・・」
ベッドから甘くて優しい香りがする。ヨギリの匂いだろうか。どこか懐かしくて落ち着く、そんな匂いだ。
「ゆっ・・・休・・・やで。お・・・すみ。」
段々とヨギリの声が遠ざかっていく。




