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胡蝶の夢、夜に舞う  作者: 天霧 翔
第一章 胡蝶編
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ヨギリ

 ――午後9時。


 胡蝶、本日も滞りなく開店。そこから2時間くらいはいつも通り予約客が途切れなく来店する。俺は待合室で待機し、接客だ。


 ――午後11時。


 無事全ての嬢が予約客に買われ、本日の接客は終了。例の待機時間だ。トラブルが起こってないかを確認しつつ、俺は共用部分の掃除や洗濯をこなす。


 ――午前2時。


 掃除や洗濯が一段落つく。ここからは嬢の部屋の大掃除。今日はヨギリの部屋だ。俺は早速掃除道具を持ってヨギリの部屋へ向かう。


 先も言ったように、本来であれば、俺が大掃除をする部屋の嬢は休み。だから俺は心置きなく部屋の掃除が出来るわけなのだが・・・ヨギリの場合は別だ。あいつは普通に出勤してくる。休みの日は来なくていいと何回も言っているのに、絶対に来る。ちなみにコハルとアマネもだ。まあアマネは支配人なので仕方ないのかもしれないが。


「ヨギリさん、入りますよ?」


 俺はヨギリの部屋の扉をノックし、入室の許可を取る。


「ようざんす。お入りくんなまし。」

「失礼します。」


 中に入ると、ヨギリはベッドの上に横たわっており、何故かこちらを煽情的に見つめてくる。着物も少しはだけているし、この女は一体何をやってるんだ・・・。


 とはいえ、しかしやはりヨギリは美しい。つい見惚れてしまう。


 綺麗な黒髪に琥珀色の瞳。着物は薄紅色で、白の装飾が至る所にあしらってある。そして何と言っても一番目を引くのが、彼女のトレードマークである立派な尻尾と可愛らしい狐耳だ。間違いなく彼女の魅力を引き立てるのに一役買っている。そんな彼女に見つめられたら、やはりどんな男でも虜になってしまうだろう。


 しかし本当にうちのトップ3は凄い。アマネもコハルもヨギリも間違いなく絶世の美女、そして魔性の女だ。のめり込むと間違いなく破滅する。主に金銭的な意味で。事実、彼女達を買うのに夢中で破産した貴族は数知れない。


「で、ヨギリさんは何してるんですか?」

「なんでもないでありんす。主さん、お昼寝でもいたしんす。」


 ヨギリはぽんぽんとベッドを叩く。本当にこの女は何をしてるんだ。俺は客じゃない。掃除をしにきたんだ。


「掃除の邪魔です、出て行ってください。」

「ふふ、主さん?さっきからわっちの尻尾、見てるの知ってるでありんすよ?」


 立派な尻尾を見せつけるようにぱたぱたと揺らすヨギリ。


「べ、別に興味ありません。」

「嘘でござりんす。主さんがわっちの耳や尻尾を好いてるのは知ってるでありんす。素直になりなんし。今なら触らせてあげてもいいでありんすよ?」

「む・・・じゃあちょっとだけ・・・って言うと思いましたか。さっさと出てって下さい。出ていかないなら黙って静かにしてて下さい。」


 危ない。ちょっと心が揺れた。


 くそ、卑怯な手を使いやがって。


 そう、ヨギリの言う通り、俺は彼女の尻尾や耳が大好きだ。先ほども見惚れてしまったのは、間違いなくこれのせいだ。だがそれは仕方ない。あんなもふもふな尻尾、好きにならないほうがおかしい。心ゆくまでもふもふして抱き枕にしたいと思うのは人として当然だ。さらに言うならあのぴょこぴょこ動く可愛い耳。最高だ。獣耳は世界を救うといっても過言ではないだろう。


 とまあご覧の通り、俺は重度の獣耳と尻尾フェチだ。だが当然ヨギリには内緒だ。娼婦達に手を出さないと宣言している以上、我慢しなければならない。ヨギリやサクヤなら頼めば撫でさせてくれそうだが、それはさすがに失礼だろう。彼女達はうちの大事な「商品」。触らせて欲しいなんておいそれと言えるわけがない。


「ほんとにいいでありんす?今なら耳もつけるでありんすよ?」

「べ、別に好きじゃないですし・・・」


 ヨギリは勘がいいので、俺が尻尾や耳が好きだと気付かれそうになったりする。だがこうしていつも上手く誤魔化しているのだ。ヨギリの立派な尻尾を目の前にするとついつい視線がいってしまう。だからいつもバレないように必死だ。


「ほんとに主さんは・・・はぁ・・・まあようざんす。掃除しておくんなんし。」

「はい。頑張ります。」


 よかった、バレずに済んだ。


「あと主さん、その口調やめておくんなまし。この部屋にいる時はいいでござりんせんか。」


 やはりヨギリもか。もうこの口調やめようかな・・・。ここまで不評だと流石にちょっと悲しくなる。


「わかったよ。でもまだ仕事中だし、大掃除の間だけな。」

「ふふ、それでようざんす。」

「じゃあヨギリもそれやめろよ。今日休みだろ?」

「い、いやわっちは・・・大丈夫でありんす・・・。」


 俺にだけ要求しておいて、自分は駄目とか許さん。まあ理由はわかっているし、こんなのはいつものやり取りだ。


「いつも言ってるけど、俺はヨギリの普段の口調の方が好きなんだけど?」


 嬢達に個人的意見は言わないと言ったが、まあこれは例外だ。ヨギリは今は「娼婦」ではない。それに俺も口調を崩したし、プライベートのようなものだ。


「そ、そうなん?まあハルがええならそうする・・・。」

「助かる。ヨギリとのんびり話が出来るのこの時くらいだしな。」


 ヨギリが邪魔してくるから彼女の部屋の掃除は面倒だと言ったが、それはあくまで掃除に関してだけ。彼女とこうして話が出来るという意味では、結構この時間は楽しみなのだ。


「せやね。でも今日からここに住むんやし、もっと話せるんちゃう?」

「確かにな。迷惑かけると思うけど、よろしくね。」

「全然平気やで。ハルは気にせんでええ。」

「ありがとな、ヨギリ。」

「う、ううん・・・どういたしまして。」


 本当にヨギリは娼婦の時とのギャップが凄い。コハルもそうだったが、ヨギリは特にそうだ。しかしそんな簡単にあそこまで性格を変えられるものなのだろうか。


「ほんとヨギリは仕事モードの時とは違うよな。」

「しゃーないやん。このままの性格で仕事はできひんよ。」

「そう?そのままでも十分人気出そうだと思うけど。」

「それは無理やね。客はつくかもしれんけど、上は狙えんよ。」


 そんなものだろうか。俺にはよくわからない。だがまあ胡蝶の3位まで上り詰めたヨギリがそう言うのならそうなんだろう。


「最高の女を演じるのって大変か?」

「せやね、大変やよ。けどもう慣れてしもた。」

「そっか、疲れを溜めないようにな。」

「平気やよ。」


 ちゃんと疲れが発散出来ているなら安心だ。まあアマネ含め、うちのトップ3はその辺りの管理はしっかりしている。俺も聞いてみただけで特に心配はしていない。


「あ、でも・・・い、息抜きしたい時は付き合ってくれへん?」

「いいよ、コハルとも食事行ったし、ヨギリも今度行くか?」

「・・・し、しゃーないから付き合ったるわ。」


 しょうがないと言ってるわりには尻尾がもの凄い揺れているんだが・・・。まあ見なかった事にしておこう。

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