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胡蝶の夢、夜に舞う  作者: 天霧 翔
第一章 胡蝶編
21/106

普通

「はぁ!?アマネ、あんたどういうこやそれ!」


 ヨギリの一言を皮切りに、嬢達が口々にどういうことかとアマネに詰め寄る。


「確かにアレを叶える為には途方もない金が必要や。でもハルに回せる分くらいは十分にあるやろ!うちの稼ぎほとんど渡してもええ言うたやん!どうなってんねん!」

「お、落ち着くのじゃ・・・ちゃんとわらわが預かっておるのだ!」

「はぁ!?なんでちゃんとハルに渡してへんの!」


 ヨギリを含め、嬢達の稼ぎのほとんどは例の目的の為に使われている。まあそれは全員が合意済みだ。だが彼女達にも生活があるので、稼ぎの10%ほどは給料として配られている。そして彼女達が稼ぐ額で言うと、10%でも一般的にみたら大金だ。庶民が数年かけて稼ぐ額に相当する。


 ヨギリはそんな自分の取り分を、ほとんどハルに渡していいと言っているのだ。自分は必要最低限でいいから、ハルに渡して欲しいと。いや、ヨギリだけじゃない。コハルを含め、ほとんどの嬢は自分の取り分をハルの給与に充てても構わないとアマネに言っている。だからハルはもう働かなくていいくらいの金を稼いでいてもおかしくはない。


「そ、それは・・・理由があっての・・・」

「アマネ・・・あなたハルさんが胡蝶を辞められないようにぎりぎりのお金しか渡してないんじゃないでしょうね。」

「だって・・・働く必要がなくなったらハルはいなくなるかもしれんじゃろうが・・・」

「あなたねえ・・・はぁ・・・少しはハルさんを信用しなさいよ。そんな事するわけないでしょ。」


 コハルが呆れた様子で溜息を吐く。


 だがその瞬間、アマネがどこかホッとした表情を浮かべた。当然それを見逃すコハルではない。そしてすぐさま何かがおかしいと気付く。


「待って、それはおかしいわ。アマネがハルさんの事を信用してないはずないもの。じゃあ・・・どうして・・・?」


 しばし逡巡した後、コハルがまさかと口を開く。


「えっと・・・まさかとは思うけど・・・本当にまさかとは思うけど・・・時期が来たら『ほれ、わらわを身請けする分が貯まったぞ』とか言う為に渡してないんじゃないでしょうね・・・?」

「なっ・・・!?そ、そんなわけなかろう!」


 アマネが今まで以上に取り乱し、必死に否定する。


 もうそれが全てを物語っている。


「アマネ、あなた・・・馬鹿なのね・・・。」

「それは・・・さすがのうちでもドン引きやわ・・・。」


 コハルとヨギリがこの世の物とは思えない、恐ろしいものを見たと戦々恐々としている。当然サクヤ達も凍り付いたような表情を浮かべている。


「そ、そんな目でわらわを見るな!」

「アマネ、潔く諦めなさい?そんな汚い女にハルさんが靡くわけないわ。ふふ、だからハルさんは私がもらってあげる。あ、ヨギリは元から論外ね。どうせずっとうじうじして何もできずに消えそうだもの。」


 完全に勝ち誇った顔で勝利宣言をするコハル。


「論外ってなんや!!!コハルこそ諦めた方がええんちゃうか!ハルはあんたみたいな汚れた淫乱女なんか好きになるわけない!」

「そうじゃ!ハルにはわらわみたいな清らかな女がふさわしいのじゃ!」

「アマネのどこが清らかなのよ!娼婦のくせに何言ってるのかしら!・・・ふふ、それに残念ね!ハルさんは私の事汚れてないって言ってくれたのよ!」

「何を言っておるんじゃ!お主だって娼婦じゃろうが!それにヨギリはともかくわらわは間違いなくまだ清らかじゃ!」

「はぁ!?うちかて清らかやわ!穢れをしらない乙女やし!」


 また睨み合いを始める3人に頭を抱えるサクヤ達。


「だからそのアホみたいなのやめてくださいって言いましたよね?それによくそこまで自分を自画自賛できますね。もうある意味凄いですよ。」


 もう好きにすればいいと思うレベルの争いだ。だが止めないと永遠に終わらなさそうなので、仕方なく口を挟むサクヤ。


「まあ・・・胡蝶の娼婦は全員汚れてはないですよ。私達は『普通の娼婦』ではないですしね。でも真っ白だと胸を張って言えますか?」


 私は言えませんと首を横に振るサクヤ。他の嬢達も同意なのか、小さく頷く。


「・・・せやね・・・サクヤの言う通りや。汚れてはないかもしれへんけど、真っ白なわけないわ。」

「・・・そうね、どちらかというと真っ黒かもしれないわね。」


 サクヤの一言で我に返ったのか、ヨギリとコハルが小さく呟く。


「それを言われると・・・そうじゃの。わらわ達は普通の娼婦とは違う。どうなんじゃろな・・・ハルはわらわ達の『これ』を知ったら嫌いになるかの?」


 そしてアマネも自問自答するかのように溜息を吐いている。


「どうかしらね。私はハルさんがそんな事で私達を嫌いになるとは思わないわ。」


 コハルがハルと食事をした際にした会話をアマネ達に説明する。汚れているかと聞いた時にハルが怒った事、そしてハルが胡蝶の娼婦に対して持っている考え。正直どれもがコハルにとっては嬉しい言葉だった。


「うちもそう思う。なんで教えてくれなかったんやって怒るとは思うけど、最終的には笑って許してくれると思うんよ。」

「そうね、ハルさんはそう言う人よね。それでアマネ、コレについてもまだ話さないのかしら?私としては隠し事してるみたいでいい加減辛いのだけれど。」


 コハル達の一連の会話にあるように、胡蝶の娼婦は実は普通の娼婦とは少し違う。そしてこれもハルには一切知らされてない事だ。ハルはアマネ達がただの娼婦だと思っている。


「そうじゃの・・・」


 アマネとしては別に隠すつもりはなかった。言うタイミングを逃しただけなのだ。そのせいで今更言うに言えず、ハルには全てを隠す形になってしまっている。

 

「・・・もうアレが叶うまで言わないというのでどうじゃろうか。今更言ったところで中途半端になると思うんじゃよ。だから最後にわらわ達全員でごめんなさいすればいいと思うんじゃが・・・それでどうじゃ?」


 アマネ達が普通の娼婦でないとハルが知らないのは、何もアマネだけが悪いわけではない。別にアマネはハルに言うなと口止めはしていなかった。あくまで口止めしていたのは、娼館をやっている目的の方だけ。だから嬢達はハルに言おうと思えばいつでも言えた。だが誰も言わなかった。


「そうね、それがいいと思うわ。」

「うちもや。」


 コハル達に続いて、他の嬢達もそれがいいと頷く。結局自分達も、ハルに言うのが怖くて、申し訳なくて、何も言えなかった。だから一蓮托生だ。


「ハルにはごめんやけど、きっと許してくれるやろ・・・」

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