5.
「息子に緊急の手紙を送りたいの。おじいちゃんがいよいよ危ないかもしれないって」
急ぎの手紙を依頼された。アラセリスは手早く丁寧に、言われた通りの内容を便箋に書いていく。それを依頼人に確認させてから封をし、一時間後の便に間に合うことを告げた。
「隣の領なので、本日の夜には配達が可能です。少々お値段は上がりますが、緊急性が高い場合はこちらが確実かと。明日の配達でしたら通常料金になります」
料金表を見せて依頼者に選んでもらう。追加料金がかかっても本日中に配達してほしいと依頼をされて、アラセリスはその通りに手配をした。
(ふぅ……急ぎのお手紙は少し、緊張するわね)
皆、それぞれに事情があってやってくる。恋文を清書してほしいという幸せな内容ばかりではないため、すべての手紙に真心をこめて、間違いがないように書かなくてはいけない。
だが、誰かの役に立てることは素直にうれしい。「あなたにお願いしたい」と頼られることも好きだ。
感謝をされた分だけ自分の存在意義を見出せる気がして、ここで生きていていいのだと思わせてくれる。
(まだ使用期間中だから、臨時の職員なのだけど)
できるだけ長くこの街にいたいが、それが許されるかはわからない。
義兄の竜王は、アラセリスが人間の国で数年過ごしていても気にしないだろう。竜族にとって、一年など瞬きのように感じるほど短いのだ。千年を生きる竜王にとって、たった数年など数日と同じようなもの。時間という概念は人間とは異なるらしい。
(私はただの人間だから、普通に年を重ねるはず。でも竜の国の食べ物を摂取して育ってきたから、老い方は少し緩やかになるかもしれない)
マリアンネは竜王の番のため、番の契りを交わした後は竜王と寿命を共有することになるだろう。人の理から外れた生き方をすることが彼女にとって幸運になるかどうかはわからない。
幸せな夫婦になっていたらいい。そうしたらアラセリスは、育ててくれた義兄への恩を少しでも返せるし、身代わりとして第二王子に嫁いだ甲斐もある。
「アリアスさん、次の方もお通ししていい?」
「っ! はい、お願いします」
いつの間にか依頼者が列をなしていた。
アラセリスは新しい便箋とインクを用意して、新たな依頼者と向き合った。
◆ ◆ ◆
その日は急ぎの手紙が続いたため、アラセリスは少し遅めの昼食をとってから、次の仕事を受けることにした。
午後にやってきた依頼者は小さな女の子と母親だった。祖母の誕生日にカードを送りたいそうだ。
「名前はかけるようになったのよ。でも、まだ長いぶんしょうはむずかしいわ」
おしゃまなコリンナに、郵便局で扱っている誕生日用のカードを選んでもらう。そのカードに挟む薄紙を用意しているとき、ベンチに座る利用者の会話が聞こえてきた。
「なあ、聞いたか。マリアンネ妃の噂」
「実は他殺なんだってな。城では不審死扱いになってるって聞いたぞ」
「カロンと揉めるんじゃねえかって言われているよな」
(え……っ!?)
思わずアラセリスは固まった。他殺なんて噂ははじめて聞いた。
これでも自然な死に方を装うために、悩み抜いて心筋梗塞の突然死を選んだのだ。周囲に迷惑をかけないように毒物の類も避けたというのに、他殺の線が濃厚だなんて思いもよらなかった。
彼らはリーンハルトがやつれて憔悴していることを話している。
カードを選び終えたコリンナにもその会話が届いていたらしい。悲しそうに眉尻を下げていた。
「おかあさん、王子さまはまだ、元気でない?」
「そうね……大切な人を失ったのだから、元気を取り戻すまで時間がかかると思うわ」
他殺、という単語はわからなかったのだろう。アラセリスは静かに胸を撫で下ろす。
「ねえ、お姉ちゃん。王子さまにもおてがみかいてくれる?」
「え……」
手にしていた薄紙に皺がついてしまった。慌てて新しい紙を用意する。
「もう、コリンナったら。今日はおばあちゃんにお誕生日のカードを送るんでしょう?」
「うん、でも王子さまにもおくりたい。早く元気になってねって。ちゃんとごはんも食べてほしい」
やつれた噂を気にしているようだ。コリンナの優しさに胸を打たれる。
(食事がとれているかは、私も気になっているわ。周りの人たちが気を配っていると思うけれど)
最低限の食事はとれているとしても、目の下の隈は隠せていなかった。睡眠障害を患っているのではないかと疑っている。
(寝室は別だったから、殿下の寝台で亡くなったわけではないけれど……)
それでも寝ることに恐怖を抱かせてしまったかもしれない。朝を迎えずに、眠るように死んでいるなど、きっと恐ろしかっただろう。
「すみません、追加で殿下への手紙を書いていただいてもよろしいですか? 料金も払いますので」
「はい、もちろん承ります。先におばあ様のカードから仕上げましょう」
コリンナが届けたい内容を紙に書いてから、彼女に渡した。最後にコリンナ自身で名前を記入してもらい、二つ折りにしてカードに挟んで封筒に糊を塗る。
続いてコリンナは第二王子充ての手紙を考えだした。
アラセリスは、コリンナに言われた内容を下書きする。
死んだ妻が元夫に手紙を書くなど、なんという不可思議な状況だろう。
(この子には感謝しないと。代筆じゃない限り、アラセリスが殿下に手紙を書くなんて許されることではないから)
決して自分では叶えられないことを叶えてもらっている。少女の無垢な優しさをありがたく思いながら、締めの一文を書く。
コリンナが伝えてほしいと告げた内容は、とてもシンプルで温かかった。ご飯を食べて、温かい布団で寝て、早く元気になってほしい。
それは紛れもなく、アラセリスの本心でもあった。




