20.
「アリスは夏至祭の予定はあるの? もしなにもなかったら一緒にお祭りに行きましょう」
「トレンメルの夏至祭か。俺も興味がある。どんな催しがあるんだ?」
「あまり王都のお祭りと変わらないと思いますよ。地元で採れた名産が多く並ぶくらいですね。あとは歌と踊りと、飲んで食べて盛り上がるくらい?」
親し気に会話をしているレベッカとリーンハルトを見やる。何故、この三人でお茶をしているのだろうか。
郵便局が休みの今日、アラセリスは街まで買い物をしに来ていた。竜の国へ帰る準備をはじめるために、土産品を買っておこうと思ったのだ。
ひとりで街を歩いていたらリーンハルトと遭遇した。彼はアラセリスに「奇遇だな」と声をかけてきたが、後をつけられていたのだと察する。
友人として買い物に同行したいと言われ、困っていたところに今度はレベッカが通りかかったのだ。
結果、アラセリスはレベッカとリーンハルトの三人でお茶をすることになった。異質な組み合わせである。自分がいなければ、王子と貴族令嬢のデートとしてみなされるだろう。
(私がレベッカ様の侍女という役割ならおかしくはないのかも。多分周りはふたりの逢瀬に付き合わされているとでも思いそう)
リーンハルトの目的はわかっている。アラセリスと親しくなり、うっかりマリアンネにまつわる情報を零さないかと期待しているのだ。
彼は真実を突き止めるまで、アラセリスに付きまとうつもりかもしれない。理性ではマリアンネが亡くなったことをわかっていても、亡骸は行方不明。些細な手がかりでもほしいに違いない。
やはり早急にトレンメルを離れる準備をしなくては……と考えつつ、アラセリスはレベッカの質問に答える。
「私は夏至祭の日も仕事があるので、おふたりで楽しんできてください」
「なに言ってるの。郵便局は毎年お昼までの営業でしょう? 祭日に配達もないし、わざわざその日に代筆を依頼するお客さんもいないと思うわ」
午後から休めると言われ、アラセリスは仕事の予定を思い出そうとする。そういえば同僚たちは一日休むと話していたのを思い出した。
「それに殿下とふたりきりで出かけるはずがないじゃない。とんでもない醜聞が流れてしまうわ」
「確かに、伯爵令嬢と出歩いていたというのは面倒な噂になりそうだ。君の婚約者にも迷惑がかかる」
「まあ、私の婚約者までご存じでしたのね。さすが殿下ですわ」
王族というのは年頃の貴族令嬢の婚約者まで把握しているものなのだろうか。アラセリスはリーンハルトの記憶力の良さに慄きつつ、レベッカに婚約者がいることをはじめて知った。
「レベッカ様、ご婚約されていたのですね。私、全然知らなくてすみません」
「別にいいのよ、お父様が見つけてきた縁談相手というだけだから。気にしないで」
笑って言われた内容が重く響く。昨今では貴族の恋愛結婚も珍しくはないが、やはり家同士の結婚が主流だ。婚約者とうまく愛を育めるならいいが……と考えて、アラセリスはハッとする。
(私が心配するなんて失礼だわ。レベッカ様は可愛らしくて頭のいい方だもの。どこに嫁いでも愛されるわ)
自分のときと重ねそうになり反省した。不器用なアラセリスと違い、レベッカならうまく困難も乗り越えられるだろう。
「お祭りには、オリヴァー様も一緒に参加するのですか?」
「うーん、多分行かないと思うわ。あの子はあんまり外が好きじゃないから。すごく内気で、私とは正反対なの」
オリヴァーはレベッカの年の離れた弟である。彼がきっかけで、アラセリスはレベッカと知り合った。
なにやら複雑な感情を嗅ぎ取り、アラセリスは「そうなんですね」と話題を終わらせた。
カフェを後にした後、ふたりはアラセリスの買い物に同行を希望した。王侯貴族は基本的に御用達の店にしか行かないらしい。彼らは普通の買い物に興味があると言い出した。
「なにを買うの? 贈り物用の茶葉? そんなのは我が家にたくさんあるから譲ってあげるわよ。それよりもアリスはもう少しおしゃれをした方がいいと思うわ。年頃なのに地味すぎるもの」
「地味、ですか?」
言われてみれば、アラセリスはいつもシンプルなブラウスとくるぶし丈のスカート。そして歩きやすいショートブーツを履いている。装飾品は一切なく、髪飾りもつけていない。
おしゃれが好きなレベッカには見過ごせなかったらしい。「せめて耳飾りと髪飾りくらいはつけましょう」と言われてしまった。
「ほら、宝飾店があるわ。あそこがいいわね」
「えっ、いえ、無理です! あっちの雑貨店ならお手頃なものがありそうですが」
思わず他の店を提案し、早速寄り道をすることになった。
「いらっしゃいま……せっ」
若い女性店員の声が裏返った。まさか突然第二王子と伯爵令嬢が現れるとは思わないだろう。申し訳ない気持ちになりつつ、そそくさと入店する。
地味で飾り気のないアラセリスは空気同然である。煌びやかな大輪に囲まれた雑草のように目立たない。
「殿下まで同行しなくても大丈夫ですよ? お忙しいのでしょう?」
「いいや、俺も今日は休日で時間ならある。年頃の女性がなにを好きなのか、勉強にもなるから同行したい」
レベッカとリーンハルトはすっかり気安く話せる関係になったらしい。誰に対しても平等なレベッカが豪胆で少し羨ましい。
店内は小物やぬいぐるみ、ガラス細工、アクセサリーなどが並んでいた。品数も豊富で、年頃の若い女性客が多い。
「ねえ、第二王子の、リーンハルト様だわ」
「え、本物? トレンメルにいるという噂は本当だったの?」
「髪を結んでる姿も素敵ね」
ひそひそと静かにはしゃいでいる声が聞こえてくる。どこに行っても人目を引く人たちは大変そうだと、少し同情した。
「ほら、可愛いものがいっぱいあるわ。アリスはどういうものが好きなの?」
レベッカに問いかけられた。好きなものを訊かれてしばし考え込む。
「あまりよくわからなくて……可愛いものは好きなのですが、自分で選ぶという経験が乏しくて」
正直に、それも探す目的で買い物に来ていたことを明かした。自分の好みがなんなのか、どういうものに惹かれるのかを把握してみたかった。
レベッカは一瞬もの言いたげな表情をしたが、すぐにいつも通りの笑顔になる。「それなら手伝ってあげる」と言い、心がときめくものを選ぶようにと助言した。
「なんでもいいのよ、なんとなく好きだなって思ったもので。見ているだけで癒やされるとか、単純に可愛いとか、枕元に置いておきたいとか」
心が惹かれるものに理由なんていらないそうだ。具体的な置き場所を提案されて、アラセリスは頷く。
(なんとなく好き……枕元に置いておきたい。うん、わかりやすいわ)
店内をくまなく歩く。安価なブローチや指輪などの装飾品から可愛らしいぬいぐるみまで、あらゆるもので埋め尽くされている。
定番のクマやウサギのぬいぐるみを眺めて、個性的な顔をしたカエルや表情が豊かなヒヨコに目を向けた。どれもぬいぐるみの口は描かれていないけれど、眉毛で表情がわかるようになっている。
「あら、不機嫌動物たちじゃない。これが憤怒のクマ、こっちが怠惰なウサギ。嫉妬のカエルと、強欲なヒヨコ」
「ええと、可愛らしい見た目とは全然違う名前なんですね?」
怠惰なウサギを手に取る。横向きに寝そべっているぬいぐるみは枕元に置くのにぴったりかもしれない。
「眉間に皺を刻んでいるのに涙目みたいですね。あ、説明書きには、『連休最終日の夜』……なるほど?」
「子供より大人向けの商品よね。私は味があって好きよ」
大人になると無垢で可愛らしいものだけでなく、少し毒気を含んだものに惹かれるのかもしれない。愛嬌のある表情に惹かれて、アラセリスは片手に乗る大きさのぬいぐるみをバスケットに入れた。
「そういうものが可愛いのか?」
「っ! 殿下、急に後ろから囁かないでください……びっくりするので」
心臓がドキッとした。耳元で囁かれたら誰だって驚くだろう。
リーンハルトは「すまない」と謝罪した。案外素直なところは記憶の中の彼と変わらない。
「こっちの暴食のネコは『深夜に食べる夜食が背徳的で大好き』……なるほど?」
彼はアラセリスと同じような反応をしている。そして手に取った猫をバスケットに入れた。
アラセリスは思わず「買うんですか?」と尋ねた。
「面白そうだからな。こういうのが今時の若い女性に人気なんだろう?」
(多分、殿下が購入したことが噂になったらすぐに大人気商品になると思うわ……言わないけど)
そんなことを想っていたら、レベッカがすかさず「今後は品薄で、高値で売り出されそうだから私も買っとくわ」と言い出した。暴食のネコと怠惰なウサギをバスケットに入れている。
「アリス、髪飾りはどう? これなんてキラキラしたビーズがついていてとっても可愛らしいわ。色違いで買いましょう」
青と白のビーズがあしらわれたカチューシャだ。レベッカは色違いのものを手にしている。赤と白は彼女の金色の髪によく映えそうだ。
試着を促されて頭につけた。青みがかった黒髪と群青色の目には、青系の色がぴったりだ。
「可愛いですか?」
「ええ、よく似合ってるわ。これ、頭が痛くなりにくいんですって。締め付けも感じさせないそうだけど、どう? このくらいなら職場でもできるんじゃない?」
「ええと、はい。髪飾りについての規定はないので大丈夫かと」
ときめくかどうか。改めて問いかけられたとき、アラセリスの心ははっきりとときめく方に傾いた。
ついでに耳飾りも選ぼうと言われたが、さすがに一気に買いすぎではないかと遠慮する。
そんなアラセリスに、リーンハルトが口を挟んだ。
「おしゃれを楽しむのも好きなものを愛でるのも、生きている者の特権だ。死んだらなにも楽しめない」
「……!」
彼が言うと発言に重みを感じる。
(やっぱりマリアンネ様に罪悪感があるのかな。もっと望んだものを与えたかったとか……私は妻らしくなにかをねだったことはなかったかもしれない)
夫婦なら多少わがままを言うべきだっただろうか。だがたった三か月の夫婦生活だったのだ。わがままを言えるほど心を開いておらず、開くべきでもなかった。当然、マリアンネ宛に贈られたものは、アラセリスは一切持ち出していない。今も城に保管されているだろう。
「予算が許すならいいんじゃないか。手持ちが足りないなら出してやるぞ」
「いえ、大丈夫です」
「十一で貸してやる」
「利息取るんですか!?」
十日で一割などと王子の口から言われるとは思わなかった。悪徳金融業者並である。
リーンハルトはくつくつと喉奥で笑いだした。
「君は打てば響くよな」
「……あまり私をからかわないでください。レベッカ様、買いに行きましょう」
レベッカの腕を引っ張って支払いを済ませる。続いてリーンハルトも店員にバスケットを渡し、暴食のネコと怠惰なウサギのぬいぐるみを購入した。
(え、本当に買うんだ?)
一体部屋のどこに飾るのかと、アラセリスは少しだけ興味を持った。




