12.
「まったく、なんだったのよ! 荒らしたならちゃんと片付けなさいよ!」
ぷりぷり怒っているのは勤務三年目のイレーネだ。よくアラセリスを昼食に誘ってくれる女性である。
「本当最悪。騎士って脳筋で話が通じないんだって思ったわ。あ~あ、お近づきになれたらいいなって思ってた私をぶん殴りたい」
「わかるわ。うちの四歳の息子だって片付けくらいできるわよ」
口々に女性社員が不満を零す。それもそのはず、デスクや棚は酷い有様になっていた。
(嵐が通過したみたいだわ……)
かろうじて、集荷済みの郵便物は死守できた。手紙などの集荷物は別室に避難させたため、騎士の立ち入りを許可しなかった。だが、開封済みの小包はこれから梱包をし直さなければいけない。
それも全部職員が手直しで作業をする。どう頑張っても今日の配達は不可能である。
代筆課のアラセリスも当然居残りをして手伝う予定だ。梱包や掃除以外にも通常業務まであるのだ。
「結局あの人たちはなにか成果があったわけ? ここまで荒らしておきながら、なにもありませんでした~なんてことはないでしょうけど」
イレーネの疑問は至極当然だ。皆、そこが気になっている。
「私たちが横領でもしているって思ったのかしら。大切な預かりものから金目のものだけを見抜いて盗むなんてできるはずないのに。もしも透視能力なんてものがあれば魔が差すことがあるかもしれないけれど」
窓口業務を担当している女性職員がぼやく。そういう不正を調べていたのかもしれないが、他にも目的があったのだろう。
(やっぱり、先日話していた違法薬物が気になるわ。私たちの中にも薬物に関わっている人がいるって疑われているんじゃないかしら)
その筆頭が自分に思えてきた。何度かアラセリスはドミニクのチクチクした視線を感じていたのだ。
「業務上の横領でできることと言えば、水増し請求とか? 本来かかる郵送代より高めに徴収して、本来の価格で処理して差額を着服……」
「やめてよ~そんなことをしてたら、私たちの信頼が失墜するじゃない」
その場にいる皆はイレーネの発言を笑い飛ばしているが、アラセリスもあり得そうだと頷いた。そのような不正は証拠を掴むまで時間がかかりそうだ。
疑うことは簡単だが、ただの一市民であるアラセリスはこれ以上彼らに関わりたくはない。
アラセリスの容姿はマリアンネとは似ても似つかないが、マリアンネだった頃を知っている者たちと接触は避けるべきだ。もしもリーンハルトが野性的な直観力を持っていたら厄介である。
「皆さん、お疲れ様です。今日は協力ありがとうございました。監査が終わり次第通常業務にと思っていましたが、この様子では午後の業務は掃除と片付けで潰れますので、一日休業に変更します」
デリンガーの宣言に渋々従う。翌日は二日分の仕事をこなさなくてはいけないため、全く喜べそうにない。
アラセリスは開封された小包の梱包作業に取り掛かる。箱一杯に手作りのジャムやぬいぐるみなどが入ったものを見ると、申し訳なさがこみ上げた。
「祖父母がお孫さんに喜んでもらえるようにって、大切に預かったものなのに……本当は一番に開けるべきは私たちじゃないわ」
テープで元通りに戻しつつも、心が晴れない。検査の対象になったことは、送り主に伝えるべきなのだろうか。
「個人的には、言わなくていいことは言うべきではないと思うわ。でも郵便局の義務として通達しなくてはいけないみたいよ」
イレーネが代筆課の方へ視線を向ける。アラセリスの同僚がせっせとなにかを書いていた。それは一度郵便局で開封したことを伝えるための報告書だった。
誰が見ても嫌な気持ちにしかならない。喜びが半減されることが想像できるというのに、隠蔽してはいけない。
床に散らばった書類を拾いながら、同僚が不満をぼやく。
「もしも嘘の申告をして、本来送っちゃダメなものを郵送しようとした不届き者がいるなら、そっちを捕まえろって話よね。私たちは荷物に違法なものはないかって確認するしかできないもの」
「犯罪者が馬鹿正直に申告するはずがないけどね」
いつだって悪いことを企てる人がいけない。巻き込まれる側は不幸である。
今後郵便局のルールが厳格化されないだろうか。働き方が厳しくなったら退職する仲間も出てきそうだ。
「あーあ、どうせなら第二王子殿下が来てほしかったな。この間、ここに来たんでしょう?」
「……っ!」
アラセリスは静かに息を呑んだ。手元が狂い、梱包していたテープが斜めになってしまった。
「そうそう、殿下を見かけたって人がいたわ。局長と応接室にいたとか。ねえ、アリアスさんもなにか知らない? パンを持ってきてくれた日のこと」
嘘をつくべきか否か。すぐにバレる可能性が高い嘘なら、つかない方がいいのではないか。
冷や汗を流しそうになりながら、アラセリスは笑顔で答える。
「実は応接室の前でばったり……でも、高貴なお方すぎて、お顔は直視できませんでした」
頭を下げていたことを告げると、彼女たちは納得したようにうなずき合う。
「そうよね、雲の上のお人だもの。話しかけるなんて無理だわ。それに喪に服している状態でしょう? なんて声をかけたらいいかわからないもの」
「マリアンネ妃を亡くされてから雰囲気が変わったって噂よね。髪を伸ばした姿も素敵だと思うけど、早く元気なお姿に戻ってほしいわ」
(よかった……変に思われなかったみたい)
下手に羨ましがられることがなくてほっとした。職場の女性からの妬みや嫉妬は極力買いたくない。
この日は深夜近くまで居残りをして、アラセリスは夢を視ずに眠りに落ちた。




