11.
リーンハルトがアラセリスの前に現れてから二日後。いつものように職場へ向かうと、トレンメル支店は臨時休業を余儀なくされていた。
「デリンガー局長! どういうことですか、これは」
アラセリスの同僚たちがデリンガーに詰め寄っている。どうやら今、郵便局は騎士団に占拠されているらしい。
「抜き打ちで検査対象にされるなんて、今まで一度もなかったじゃないですか!」
「通常業務にも支障がでます。どうして前もって連絡がなかったんですか?」
ハラハラした気持ちで見守る。アラセリスも、まさか騎士団がそのようなことをするとは思ってもいなかった。
「落ち着いてください、皆さん。これは正当な監査です。これは抜き打ちでされるものですから、事前に告知はされません。それに他の郵便局でも同じですので、我々だけが監査対象になっているわけではありません」
「でも、ここ数年は一度も……」
「早く終わり次第通常業務に戻れますから、大人しく彼らに協力しましょう」
そうデリンガーが説明するが、局員の苛立ちは消えない。きちんとした目的を説明されない限り不安を覚えるのも当然だろう。
「局長、急な監査って、まさか我々はなにかを疑われているわけではないですよね?」
「……っ、いえ、そういうわけでは」
アラセリスはドキッとした。違法薬物が検出された話が無関係とは思えない。
(もしかして、私がなにか対応を間違えたから怪しまれてる?)
特に問題なく質疑応答をしたと思っていたが、リーンハルトとドミニクはアラセリスを怪しいと感じたのかもしれない。
疑いは晴れたと安堵するのは早かったらしい。アラセリスの顔が真っ青になった。
十名を超える騎士たちがデスクの引き出しから棚のファイルなど、確認作業をしている。
郵便局は地域に根付いた組織だ。社会貢献としても大きな役割があり、街の人から絶大な信頼を向けられている。個人的な情報を扱う職場のため、あまり不用意に荒らされたくはない。
「一体なんの目的で……」と、ざわつく声が絶えない。何らかの不正行為がなかったかを調査しているのだろうが、不安と混乱が広がっていく。
「不正や横領、違法物の取り扱いがないかを確認しろ。不自然な金の流れは徹底的に調べるように」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。それは一昨日アラセリスも顔を合わせた人物、ドミニクだった。郵便局は切手以外にも金融商品を扱うことがあるため、これから入念に調べるらしい。
(リーンハルト様の副官がここの指揮を任されているのかしら。でもリーンハルト様は見当たらない)
さすがに王子まで現れたら、現場はさらにひりついた空気になりそうだ。
ドミニクはデリンガーになにかを依頼している。よく見ると王都の騎士と地方の騎士とでは制服の色が異なっていることに気づいた。
トレンメルは騎士団の駐屯地がある地域だ。王都と地方の騎士団は権力が分散されているそうだが、アラセリスも詳しくはわからない。
だが、中央の騎士団に所属しているリーンハルトがわざわざトレンメルにまで足を運んでいる。王族がこの地にいるとなると、なにか大きな問題が発生しているのではないか。
「ああ……乱雑に扱わないでほしい。確認済みのファイルは床に落とすっていうルールでもあるわけ?」
苛立ちが混じった声が聞こえる。戸棚からファイルを確認しては床に落としている姿を見ると、何とも言えない気持ちにさせられた。
「あの、今日中に郵送を依頼されている急ぎの荷物もあるんですよ。郵便書類だって同じです」
「そうですよ、局長。仕分け作業だって中断で、これから届く便だってあるのに。どうするんですか?」
騎士にしてもらいたいのは配達準備であって、書類を荒らすことではない。仕分け作業をした重い荷物や紙類を台車に積み、馬車に詰め込む力仕事なら喜んでお願いがしたい。
郵便局は体力仕事が多いのだ。身体を痛めて事務仕事へ移動する元配達員も少なくはない。
「通常業務は監査が終わり次第再開してもらいます」と、汗が止まらないデリンガーから煮え切らないことを言われ、険悪な空気が増した。
「つまり私たち、今日帰れるの?」
「嘘でしょう? 徹夜で仕事とか無理よ」
「俺は配達できないなら帰りたいんだけど」
見守るだけしかできないのがもどかしい。そんな中、騎士のひとりが仕分け前の集荷物に近づいた。
「郵便物の中身も調べますか?」
「ああ、構わない」
ドミニクがそう許可を出した直後、アラセリスの身体は動いていた。
「ちょっと、お待ちくださいっ!」
咄嗟に駆け寄り、郵便物の箱の前に立ちはだかる。
「ああ、またあなたですか」
ドミニクは嫌そうな顔をした。好かれていないとは思っていたが、ほぼ初対面でそんな感情を向けられるのはあまりいい気分ではない。
「お客様からお預かりした手紙や荷物を無断で開封するなんて、見過ごせません。それだけはおやめください。他のことなら協力しますから」
郵便局に届いているものはすべて、誰かの心が詰まった大切な預かりものだ。第三者が無断で開封するなど、とてもではないが許されることではない。
「開封しても元通りに戻せばいいだけでしょう。すべての中身を見るわけではありませんよ。我々も暇ではないので」
「一度開封したら元に戻せるわけがないでしょう。そんなこともわからないのですか? あなた方が責任を持って綺麗に梱包し直してくださるのですか?」
ドミニクの眉間に皺が刻まれた。そんな煩わしいことを自分たちがするはずがないとでも言いたげな表情で気分が悪い。
(ああ、この人もきっと貴族だわ。だって副団長の副官だもの。高位の出身に違いない)
恐らくリーンハルトと共に、出張でトレンメルに滞在しているだけだろう。本来であれば地方になど来たくなかったに違いない。言動や表情から隠し切れない傲慢さがにじみ出ている。
「仕方がないですね。ならば一定の重量以上の荷物に限定しましょう。手紙までは開封しません」
「それは……っ」
反論しようとしたアラセリスの肩に、背後から手が載せられた。デリンガーが首を左右に振っている。
「アリアス君、ここは我々が飲むべきだ。騎士団も譲歩してくれているのだから。これでよろしいですね? 私たちの立ち合いのもとで確認をするなら許可を出しましょう。紛失被害が出ないように、必ず職員の前で開封をお願いします」
「局長……」
他の職員たちの顔にも渋面が広がっている。強く拒絶したいが権力者には逆らえないという、もどかしさを感じているようだ。
(そうだわ、私だけこんなに騒ぎ立てていたら、他の皆さんにも迷惑が広がっちゃう)
大人の振る舞いをしなくてはいけない。感情を押し殺すことは得意だったはずだ。
アラセリスは小さく息を吐いて頷いた。
「申し訳ありません。ご命令に従います」
手紙は開封されない。検査に引っかかるものは一定の重量を超えた荷物だけ。
その二点を守ることと、職員が必ず開封の立ち合いをすることで合意が取れた。




