目玉焼きの正解
調理実習室に、ジュージューという心地よい音が響いていました。
フライパンの中で、黄色い丸が白身のドレスをまとって踊っています。
きれいな目玉焼きの完成です。
「絶対、醤油だって!」
タツヤが勢いよくテーブルを叩きました。
「目玉焼きには醤油! 和風の香ばしさと黄身のまろやかさ。これ以外の選択肢なんて存在しないね!」
「甘いな、タツヤ」
向かいに座るダイキが、ニヤリと鼻で笑いました。
「目玉焼きにはソースだろ。スパイシーで濃厚なコク。これこそが至高の味付けなんだよ。醤油なんて地味すぎるね」
「なんだと!?」
「なんだよ!?」
ふたりは目を怒らせて、醤油のビンとソースのボトルを握りしめました。
醤油か、ソースか。Aか、Bか。白熱する二項対立。
そのとき、脇からすっとひとつのボトルが差し出されました。
「甘いな、ふたりとも」
登場したのはレンです。手に持っているのは、真っ赤なケチャップのボトルでした。
「醤油かソースか、なんて言ってる時点で君たちは狭い世界にとらわれているのさ。正解がふたつだけだと思っているから、真の正解に辿り着けないんだよ。正解は……ケチャップだ!」
「「ええーっ!?」」
タツヤとダイキの声が重なります。
「ケチャップなんて子どもの食べものだろ!」
「目玉焼きにトマトの酸味なんて合うわけない!」
ふたりが猛反発した、その瞬間でした。
「まだまだだね」
静かな声とともに、横からにゅっと別の手が伸びてきました。ソラです。
ソラはレンの手からケチャップを奪うと、お皿の端にブチュッと出しました。そして、その隣にマヨネーズを絞り出し、スプーンでぐるぐると混ぜ合わせました。
「正解はひとつじゃないし、新しいものを生み出してもいい。『ふたつを合わせたもの』だって正解なんだよ。オーロラソースの完成だ」
「「「おお……!」」」
三人が思わず感心したのも束の間。
「まだまだだね」
今度はヒナが、自分のフォークを持って割り込んできました。
ヒナはフライパンから目玉焼きをすくい上げると、ナイフで綺麗にふたつに切り分けました。
そして、右側には醤油をたらり。左側にはソースをトローリ。
「二者択一に悩む必要なんてないわ。目玉焼きをふたつに割って、片方に醤油、片方にソースをつければいいじゃない。両方選んだっていいのよ」
「「「「た、確かに……!」」」」
全員が納得しかけたその時、最後にやってきたのがケンタでした。
ケンタは自分のトレイにある主食を指差しました。
「みんないいかい? 状況を見るんだ。今日の献立がパンのときはソース。ご飯のときは醤油。つまり、ケースバイケースで変えたっていいんだよ。何事も文脈が大事なのさ」
「「「「「おおおおおっ!!」」」」」
調理台のまわりに、拍手が巻き起こりました。
醤油、ソース、ケチャップ、合体技、両方取り、そして状況判断。
二つの選択肢から始まった争いは、思いもよらない豊かな世界へと広がっていったのです。
「そこまでよ!」
ポン、と手が叩かれました。
振り向くと、腕を組んだ家庭科の川口先生が、深くうなずきながら立っていました。先生の目は、どこか感動に満ちあふれています。
「……素晴らしいわ、みんな。これこそが、私が今日『目玉焼きを焼く』という授業をした本当の意味なのよ!」
先生は感極まった様子で胸に手を当てました。
「ひとつの問いに囚われず、視野を広げ、組み合わせ、柔軟に変化する……。目玉焼きを通して、私はあなたたちに人生の真理を学んでほしかったの。みんながそれに気づいてくれて、先生、とっても嬉しいわ!」
しーんと静まり返る調理実習室。
「「「「「ホントかよ!!」」」」」
全員の盛大な突っ込みが響き渡り、調理実習室はドッと大きな笑い声に包まれました。
焼き立ての目玉焼きからは、香ばしい湯気がふわりと立ち上っていました。
「たまたまなんかじゃないわよ!狙い通りよ!卵だけにたまたまとかじゃないから!」
皆は無視して各々が好きな目玉焼きを楽しみました。




