仕事③ー1
信悟は達成感に満ち溢れていた。
(あの様子ならきっと大丈夫だろう。空は強い子だ。そして何より澪は俺が愛した人だ。絶対に良い方向に行くだろう。幸せな人生がこれから待っているのだろう。)
「その中に俺がいない事が、少し寂しいがな……。」
「大丈夫だろ。」
振り返ると、羽織を着た大男が立っていた。
「彼女の心はとても前向きだった。」
そう語る男はとても安らかな顔をしていた。緊張で強張っていた体から力が抜けていく。
「……はいっ。」
一晩中、涙を流し続けた。
次の日――。
「では、いってきな。」
「はい。いってきます。」
信悟は今までのミッションで初めて晴れやかな気持ちで次のミッションに向かおうとしたのだが、ドアを開ける直前に、
「今回の相手は体力勝負だろうからな……。」
「えっ、それはどういうこと?」
部屋に入った瞬間、問からの返事を聞く前に扉が消えた。
仕方なく、前を向くと、
「きゃははは。ざまー。そんな貧弱な装備で勝てる訳ねーだろよ。」
コントローラーを手に、前のめりに相手を煽っている女性がいた。哀しきかな、我が妹、寺田詩である。
「よっ。」
「わっ、いや誰だよ。つーか、待たれよ。今良いところ。」
(妹よ。俺だから良いものの、人にそんな態度していたら絶望されるぞ。)
信悟は思わず頭を抱える。
「ははははっ!お前は今ここで倒されるのだ。そこで惨めに地に這いつくばるが良い。」
(次は魔王キャラか。)
詩は、普段はこんなんじゃない。寧ろ清廉潔白などこに出しても良い自慢の妹だった。
俺に勝負を挑んでは、コテンパンに倒していた。俺も悪乗りして滅多打ちしていた。
お互い成長して力が拮抗し始めた頃には、勝負を挑まれる事もなくなった。しかも、兄目線でも綺麗に育った。学校でもモテているようだ。なぜか、詩を少し遠い存在に思えた。
そこで、今度は俺の方から勝負を持ち掛けてみた。
「なあ、久しぶりに勝負しないか?これで。」
俺の手にはゲームコントローラーがあった。
そこからは早かった。詩が俺に勝負を挑む度に、俺が詩をコテンパンに倒す。少し前の日常が変わった気がした。ゲームをしていない時は全く変わらなかったが、ゲーム中は口が悪くなり始めた。
「オラオラオラァ。そんな無防備なままほっつき歩いてんじゃねーよ。ガハハハッ。」
(どうしてそうなったんだ。)
当時も頭を抱えたが、外面はしっかりと守っていたので、特に注意することもなかった。
それから詩とのコミュニケーションはゲームが主になった。
「これ、どうやって攻略するの?」
「えーと、ここは――。」
「じゃあ、勝負だ!」
「よし、来い。」
社会人になり、電話やSNSでのやりとりはあったが、以前のように会うことはなくなった。
数か月に一回、ゲーム内で遊ぶ程度である。
それも仕事が忙しくなるにつれ、次第にゲームを起動することもなくなっていった。
「ヒャッハー!よっしゃー!いけー!」
感傷に浸ろうとする感情が、目の前の世紀末に削り取られていく。
気持ちの整理をするべく、冷蔵庫に向かい、コップに水を注ぐ。
リビングに戻ると
「あっ、クソ。やっちまった。」
あれだけヒャッハーしていたのに、逆転負けをしたらしい。
「俺もしていいか?」
「ほら。」
もう一つのコントローラーを渡してくる。次の対戦が始まった。
やっているのは4人グループでの銃撃戦である。広大なマップに落ちてある銃や防具を拾い、それを使って相手を倒すゲームだ。先程までは詩が一人と他3人はマッチングした相手だろう。今回は俺が加わるので、マッチングは2人になる。
スタートと同時に武器と防具を盗んでいく。
「ちょっと早いって。」
後ろから詩のキャラクターが追いかけてくる。だが、信悟は止まらない。
「おう、どんどん行こうぜ。」
「張り切っているね。」
「もしや二人はリアルで会ってる感じ?」
「ああ、そうそう。」
「リア充は滅びろ。」
「あはは、そんなんじゃないって。」
味方二人も会話に入ってくる。最初の位置が良かったのか、それなりの装備を入手することができた。
「じゃあ、一狩り行こうか。」
信悟が攻撃の狼煙を上げる。
「それ、別ゲーだから。」
と突っ込みが入ったのはご愛敬である。
「じゃあ、ここにいてね。こっちから敵が来るから。」
「えっ?どういう…。」
「まあ、良いから良いから。よし行くぞ。野郎共。」
「今度は姫プかよ。こんちくしょー。」
「ちぇ。最高のお膳立てをしてやるか。」
憎まれ口を叩きながらもテキパキと動く仲間たち。ゲーマーの鏡である。
それから数分――。
指定された場所で詩が待っていると、銃声が次第に近づいてくるのが分かる。
「えっ、マジで!来るの!?」
適当に時間を潰していたが、いつ来ても良いように銃を構える。
すると「ここから敵が来るから」と言われた通りの場所から、慌てた様子の敵が現れた。
「本当に来た!」
逃げた先に銃を構えた相手がいるとは思いもしなかったのか、慌てて構えるも時すでに遅し。動揺している敵を言われたとおりに討つ、簡単なお仕事です。
直ぐに敵を殲滅し、詩達のチームはかなり上位で終えた。
最後にはあの仲間達も
「何だよ、プレーヤーとしても優秀なのかよ。」
「これが本当のプレイボーイってか。」
「「ガハハハッ。」」
と高笑いして別れていった。実に愉快な連中だ。あれで二人は初対面らしい。何というコミュ力。
彼らとは違う意味で目を丸くしていると、
「ねえねえ。」
隣にいた奇行種となった我が妹が、俺の太ももを強く叩いている。その目はキラキラと輝いていた。
「ねえ、何であんな事できたの?どうやって誘導したの?どうやったらできる?」
グイグイと迫ってくる詩。実の妹と知る信悟にとっては何でもないコミュニケーションではあるが、他所でこんな事していないだろうなと不安にある。
「えーと、まずはなあ――。」
それからはゲーム講義が長々と続いていった。




