仕事⑦ー1
「お疲れ様。これで最後。」
次の導き手は老婆だった。
「そうですか。」
「ここで向き合うのは“貴方自身”。人がとやかく言う事じゃないね。さあ、行きな。」
無理矢理部屋に押し詰められた。
俺が最も馴染んだ場所。俺の聖域。自室である。
ベッド、デスクにはPC、棚や壁にはCDやフィギュア、タペストリーが飾ってある。
「懐かしいな。」
一つ一つの思い出を振り返るようにグッズを確認していく。中学時代から社会人直後まではこれらを集め、愛でていた。社会人になってからはそれどころではなかったのだが…。
久しぶりに思い出に浸った。当時流行った曲を流し、フィギュアやタペストリーを眺める。当時に戻ったようにテンションが上がる。
かれこれ何日経っただろうか。
自分自身の思い出の品を振り返り続けた結果――。
「ハハハハハ――ッ。そうか、ここが最後の伏線になってたのか。」
この日々を楽しんでいた。
好きなアニメを見て、漫画を読み返す。結果が分かっていても改めて読み返すと新たな発見があるものだ。社畜時代にはなかった好きなことだけをする時間――。何と甘美なものか…。
「どれどれ、次は何を見ようかなっと。ここには何があったかな?」
好奇心からいろいろ探ってしまう。自分の部屋でも意外と掘り出し物があるのだ。
旧札の千円札、何かのネジ、ノリで変顔したプリクラ。
(さあ、次は?次は?)
もうここ数日間―。
いつでも探しているよ。スリッパの裏、本棚の端、そんなとこにあるはずもないのに…。
「おっと何だこれ?」
また身に覚えの無い物が数点。
「何のDVDだ?」
手に取ったDVDは7つ。それぞれ1~7の数字だけが記載されている。
「ちょっと見てみるか。」
「1」と書かれたDVDを再生してみる。
机には空になった酒が積まれている。
「くーーっ。」
門前が飲み干した空き缶をテーブルに叩きつける。
周囲に目を向けると見覚えのない部屋、見覚えのない家具や家電、装飾品――。
何度も門前の家には行ったことがあるが、どれも初見のものばかりだ。
「引っ越したのか。」
辛い時には愚痴り、楽しいことがあれば笑いあったあの部屋を去ったのは寂しい気もする。
だが、その寂しさもすぎに消え失せた。
「全く、呑みすぎよ。貴方。」
絶対に忘れない声が門前に掛けられたからだ。
「2」と書かれたDVDを再生してみる。
すると女子高生が映った。こんな高校生は見たことがない。だが、直感で分かった。
「空――。」
髪も伸び、顔も大人びた。贔屓目もあるだろうが綺麗になったと思う。母に似たのだろう。
授業でも積極的に発言するような活発な生徒に育ってくれた。
休み時間には他の生徒が近づき、雑談を楽しむ。交友関係にも問題はないようだ。そしてまだ変な虫はついていないようだ。
娘の成長を一緒に過ごせなかったのは残念だが、無事に育ってくれたことに涙を禁じ得ない。
勉学も部活も友達も全て上手くいっているように見えた。
ただ、女性、特に女子高生とは『嫉妬』が付き纏う。空が帰宅をしている途中に行く手を阻むように女子3人が現れる。
「何か用?」
敵意丸出しの相手に空も強く出る。
3人の内、真ん中に陣取っていた子が前に出る。
「あんた、最近調子乗ってない?」
「乗ってない。じゃあね。」
清々しいほど分かりやすく拒絶する。相手の子のこめかみに怒りマークが見える。
(うちの子、煽りスキルまで成長しとる。)
「ちょっと待ちなさいよ。」
肩を掴み、空の歩みを止めさせる。
「ねえ、知ってる?」
相手は含みがあるような口ぶりで挑発する。空もやや身構える。
「貴方のお父さん、本当のお父さんじゃないんだって。」
勝ち誇った物言いだ。最後に会ったのが小学1年生の頃。俺の記憶何て最早ないだろう。衝撃の事実にその場に泣き崩れる。そんな未来を想像してしまう。
だが、空はあっけらかんとしたものだった。
「知ってるけど、それが何?」
「えっ、いや、だから本当のお父さんじゃ…。」
「だから知ってるって。あのね。お父さんとは血は繋がってないよ。でも、ここまで育ててくれたし、優しくしてくれる。誰に紹介しても恥ずかしくない尊敬できる人よ。」
はっきりとした空の口調に圧倒されている。
「な、何よ。良い子ぶっちゃって。そんなの上っ面だけよ。」
「上っ面ねー。」
動揺する相手に空は逆に思わせぶりな態度をとる。
「さあ、ご両親の事でも探ってみたら?上っ面じゃなく、深いところまでね。」
そのまま空は踵を返し、帰路についた。そんな娘を見て信悟は
(うちの娘やりよる…。)
ややドン引きしていた。
「母さーん。」
空は帰るなり、澪を呼び、事の経緯を話した。
2人の顔には陰りはなく、明るく、心を開いた様子だった。
その姿が余りにも微笑ましく、信悟の望む姿だった。
「3」と書かれたDVDを再生してみる。
「ただいまー。」
詩が帰宅を告げる。返事をする相手はいない。
帰宅すると、風呂とご飯の用意をする。火をかけてるところに着信が入る。
「もしもし。」
声のトーンが上がる。
「うん。全然良いよ。うん。あー、ちょっとこの後は難しいかな。明日は休みだからいつでも良いよ。うん。じゃあ、明日の2時からいつものところで。うん。楽しみにしてる。じゃあ明日。」
少し浮ついているような気がする。相手は誰なのか?もう夜も遅いのに用事があるのか?お兄ちゃんは心配だ…。
そんなどうしようもないことを考えてしまう。再度スマホの着信が鳴る。詩はスピーカーにして電話をとる。
「もしもし。」
先程よりはややトーンは低めだ。
「どうしたの?母さん。」
相手は母のようだ。
「何?今帰ったとこ?」
「そうだよ。」
「今日は彼氏とのデートはないの?」
「全くもう。今日はないよ。」
「何?面白くないわね。」
「仕方ないじゃない。今日限定のクエストがあるんだから。」
「ったく、ゲームも程々にね。」
「我が妹よ。ゲーマーすぎるだろ。」
母がかなりお喋りになっている。今までの反動なのだろうか?
無意味な想像をかき消すような爆弾を母が投下する。
「あなたも来月には結婚なんだから。」
「何――――っ!!」
誰からも返事は来なかったが、叫ばずにはいられなかった。




