仕事⑥
「こんにちは。」
気さくに声をかけてきたのは美しい青年だった。
中性的な顔立ち。スラっとした2メートル近い高身長。
見た目の美しさと腰に携えた身の丈程の長剣さえなければ現世にいても可笑しくはない。
このまま現世にいたらきっと俳優かモデルかで引っ張りだこになっただろう。
今までの異形の者達とは違った親近感と、近しい見た目だからこその美しさにちょっとした緊張感がある。
「あっ、どうも。」
何か今更照れてしまう。
「何今更照れてんすか?」
何か心読まれた。
「心を読んだんじゃないですよ。貴方が分かりやすいだけですよ。」
青年は悪戯が見つかった子どものような笑顔を見せる。
「俺は新人なんで、リラックスして良いですよ。今回のミッションも、まあ、大変だとは思いますが、そんな難しくはないですから…。」
歯切れ悪く話す彼は何となく例の後輩を思い出す。
「単刀直入に言うと、今回は貴方のご両親です。そして、今回だけは貴方の素性を明かして構いません。」
「えっ、良いの?」
「ええ。まあ、禁止しちゃっても成り立たなくなるだけですからね。まあ、姿も元に戻しれおきますね。」
「??」
疑問符が頭に浮かぶ。今まで一番の障壁だった枷を外して貰えたのだ。確かに難易度としてはぐっと下がった気がする。
だが、「成り立たない」とはどういうことだろうか?その理由は直ぐに分かることになる。
今までとは異なり、扉ではなく襖が現れた。
一度大きく息を吐き、襖をゆっくりと開く。
畳敷きの余裕のある空間に高級そうな掛け軸や生け花が飾られている。向かいには庭園が広がっており重厚さを感じさせる。
その中央には低めのテーブルを挟み両親がこちらを見ている。目線が合った瞬間、2人は目を丸くし、次には大粒の涙を流していた。
先に動いたのは父だった。テーブルに足をぶつけたことも気にせず、俺を抱きしめる。
「バカ野郎が。」
愛のある罵声だった。張り詰めた心が堰を切ったように溢れだす。
「ごめん。」
「ほんと、いつも信悟はせっかちなんだから。」
後から来た母が優しく包み込む。それまで涙を拭っていたのだろう。手にはハンカチが握られていた。しかし、最早ハンカチは役割を果たせていない。体中の液体が全て流れているのではないかと思うほどの涙を拭うには、余りにも小さすぎた。
まさか死後も“家族”の美しさに触れるとは思わなかった。きっとこの両親なら姿が変わろうとすぐに気付いてくれるという確信があった。
一頻り泣き、3者がそれぞれ落ち着きを取り戻した頃。
俺の向かいに2人は座った。
「ところでこれは何なんだ?」
「ここは一種の夢の中。俺は別れを言いに来たんだ。」
「そうか……。」
「そんな別れ何て……。」
母は再度目を潤ませた。だが、止まるわけにはいかない。
「ほら。」
見た目からしても高級そうな一升瓶を傾けてくる。
「ありがとう。」
満タンになった盃を一気に呑む。逆に一升瓶を受け取り父の盃に注ぐ。父も何も言わずに一気に呑む。
“恩も仇も必ず返せ”これが我が家のルールだ。相手が注いだら、相手に注ぎ返す。これを終わるまで繰り返すのだ。
「まさか、またお前と酒を酌み交わすことができるとはな。」
「ああ、俺も驚いてる。」
「少し痩せたか?いろいろあったんだよ。」
「まあな。」
「澪さんとは仲良くやってたか?」
「勿論。俺には勿体ないくらいの人だよ。」
「俺の家内には負けるがな。」
「へいへい。」
「空は?」
「順調に育ってるよ。まあ、これは澪のお陰だな。」
「澪さんもよくやってくれてる。だけど、お前もよくやったよ。」
「仕事は?」
「楽しくやってたよ。やりすぎたんだけどな。」
「そうだな。お前はいつもやりすぎる。」
「ごめん。」
「後悔はしてないか?」
「ああ。間違いない。」
「そうか。なら良い。」
そう言うと父はゆっくりと立ち上がった。
「いくぞ。」
「えっ?」
たった数度のやりとり。それだけで立ち去ろうとする父に驚きを隠せない。
「お前から『後悔してない』って聞けたんだ。それで十分、これ以上は野暮だ。」
「父さん。」
「ほら、いくぞ。」
「待って!!」
そこに待ったをかけたのは、母だった。
いつも寡黙な母。特に父に対しては俗にいう“3歩後ろを歩く”そんな人だった。
明確に父の意志に反した姿を初めて見た気がする。
「待って。私も信悟としっかり話がしたい。」
「そうだな。」
父も許可を出し、自分が座っていた場所に戻る。
「信悟は、小さい頃から危なっかしい性格だった。道路に飛び出したり、階段や坂道で転んだりすることも多かった。慌ただしい中でも、信悟はちゃんと成長してくれた。部活動では県大会で優勝したこともあった。就職と同時に彼女と同棲を始めたのは驚いたけど、順調に結婚もして、空ちゃんも生まれた。大変だったけど、それ以上に幸せな時間だった。これからも続くと思っていた。空ちゃんの成長、結婚とかいろいろあるだろうし…。まさか私達より先に信悟が逝くなんて。」
そこからは数時間母の思い出話が続いた。男性達は聞き続けた。
「――って長々話しちゃってごめんね。」
「良いや。別に良いよ。寧ろ話してくれてありがとう。」
「それじゃあ、行きましょう。貴方。」
一頻り話した母は先程の父と同様、席を立とうとする。
「そんな慌てなくて良いんじゃないか?」
「そんな訳にはいかないさ。」
返事をしたのは父だった。
「思うに、ここは私達の為の空間なのだろう?これ以上お前に負担をかけさせてはいけない。お前には“次”があるのだろう。それを親が妨害してはいけない。」
「妨害だなんて…。」
「俺達は大丈夫だ。」
「そんなことないっ。」
俺は声を荒らげる。
「俺は、父さんと母さんからたくさんの物を貰った。大きくなるまで育ててくれたし、大学も卒業できた。まだ、何も、何も返せてない。これから、これからだったのに。」
「何を言ってるんだ?」
「そうよ。」
俺の両肩には両親の手が置かれた。両親の顔は不思議そうな、呆れたような表情をしていた。
「私達は十分貰ったよ。」
「そうだ。」
「いや、何も…。」
「無事に生まれてくれたこと。」
「元気に大人になってくれたこと。」
「信悟が幸せになってくれたこと。」
「初任給で連れて行ってくれた温泉旅行。」
「孫の顔を見せてくれたこと。」
「そして何より…」
「「共に過ごしたたくさんの幸せな時間。」」
「こんなにたくさん貰ったのにこれ以上は貰いすぎだ。」
父は苦笑いを浮かべる。
「最後に、私達は信悟を愛してた。いや、今も愛してる。だからこそ、来世に向けて旅立たなければいけないの。信悟の来世に幸多からんことを。」
2人の顔にはもう涙はなかった。寧ろ晴れ晴れした笑顔だった。
「ああ、俺の方こそ、今まで本当にありがとうございました。」
深々と頭を下げた。
「じゃあな。」
「じゃあね。」
2人が襖を開け、部屋を出ていく。襖がゆっくり閉まっていく。
「あ、あのさ、やっぱり―。」
顔を上げた時には既に2人はいなかった。




