仕事⑤ー2
あの告白の時を思い出す。
「と言うことで、立ち話も何ですし、ゆっくり食事とでも行きましょうか?」
元の場所に戻り、食事へ促す。高級そうなお肉が乗った皿の淵に垂らされたタレがお洒落に飾られた。その隣には少々炭酸が抜けたシャンパン。
料理も食べ終わり、後は会計を終わらせるだけとなったが、全く席を立とうとしない俺を微笑みながら見守る澪。
既にシュワシュワしなくなったシャンパンを一気に飲み干し、一言。
「俺と、結婚してください。」
「……はい。」
周囲からも祝福の声が響き渡り、最高の思い出になった。
顔が真っ赤になったのはきっとアルコールのせいだろう。
あの頃から十年近くが経った。お互いに年をとり、落ち着いて来た…はずだ。
「ねえねえ、このパフェ凄くない?何層あるんだろう。1、2、3…。」
落ち着いたはずだ。写真を撮る手が止まらないが、これでも落ち着いたはずだ。
「これって後で請求されたりするんだろうか?」
「いや、ここは夢の中だから、『払え』なんて言われないよ。」
「そっか~良かった。って、ここ夢の中なの?」
今更ながらの問いをし、俺の返事に目を丸くしているが、これでも…(以下省略)
食事も終わり、宴も酣になった頃―。
「ねえ。」
澪は真面目な顔をして呼びかける。
「私達ってどこかであったことある?」
「っ!!」
一瞬言葉に詰まった。詰まってしまった。取り繕うように笑顔を浮かべる。
「何ですか?私達は今日、初めて会いましたよ。ええ。もしかしてナンパのつもりですか?」
「ふふ。そうね。きっとそう。私達はこの世界では初対面だわ。」
澪は噛み締めるように、だがその幸福感を隠すように確認をした。
笑顔のまま暗い通路を抜けると、あの親戚のおじさんがいた。
だが、昨日までの朗らかな表情ではない。見て分かるほどの憤怒である。
「なあ。」
「は、はいっ!」
つい背中が伸びてしまう。アイツは圧をかけながら、近づいてくる。
「俺達はそれぞれの役割を担い、それぞれのミッションを授ける。だが、俺達も機械じゃねー。感情がある。曲げられねーことがある。お前、嘘を吐いたな。『会ったのは初めて』だと。俺ァ、嘘が大っ嫌いだ。」
「で、でもそれは…。」
「『でも』じゃねー。今回は許してやるが、次嘘を吐いたら、二度と話せなくしてやる。」
動けない信悟の肩に手を置き、顔を近づけ、低い声で忠告をする。
腰が抜け、その場に崩れ落ちる。
「これ以上、失望させてくれるなよ。」
それから数日――。
思い出の場所で澪との食事を大いに楽しんだ。
何よりも愛しき、大切にすべきだった時間。そして自ら手放してしまった時間。
それを取り戻すように、二度と取りこぼさないように。
(俺が家庭をもっと大切にしていたら、こんな日常もあったのかな…?)
そんな今更な事を考えては内心、苦笑していた。
初めは何気ない会話だった。俺と出会う前の事。そして俺が死んでからの事。話を聞いてからより澪が好きになった。死んでからも魅了し続けるなんて何て魔性の女なんだ。
話の中で有力な情報もあった。最も収穫だったのは娘の空が前向きに立ち直った事だ。
ついつい笑顔が零れてしまう。
「全く、何笑ってるのよ。しかも笑いながら泣いてるじゃない。」
零れたのは笑顔だけではなかったようだ。
澪はハンカチを取り出し、優しく涙を拭ってくれた。
俺も信悟であることを言えない事以外は全て正直に話した。それを澪は快く聞いてくれた。
澪が心を許すのに時間はかからなかった。寧ろ、初めから心を開いてくれていた。
「ねえ、紬は何か後悔してることはない?」
「そうだな…。」
考えながらグラスを一回する。今日はワインが注がれている。
「一つだけ。もっと家族との時間を大切にできていれば…。そんな事を考えてしまう。」
「…そう。」
寂し気な顔でスープに口を付ける。
「君は?」
「――君じゃない。ちゃんと澪と呼んで。」
一応“他人”と認識しているはずの相手から名前で呼べと言われ、驚いたが夢の中だから気が大きくなっているのだろうと了承する。
「澪は何かあるのか?」
「そうね。私は二つ。後悔の数では私の勝ちね。」
「そんなことで競うなよ。それで?」
簡単につっこみを入れつつ、話を促す。
「これは私の懺悔でもあるの。一つ目は夫を過労死を防げなかった。もう一つは……。」
澪が言葉に詰まる。言い出せずにいる澪の手をゆっくりと握ってみせる。
「大丈夫だよ。」
一呼吸し、ゆっくりと頷く。
「私、今惹かれている人がいるの。」
「えっ!?」
「驚くよね。分かってる。だけど落ち着いて聞いて。実は――」
打ち明けられた内容は以下の通りだ。
・夫の死後、娘の空を養う為、仕事に集中した。
・そんな時、高校時代の元カレが精神的に支えてくれた。
・空も懐いており、次第に惹かれていった。
これらのことを聞いて、率直な感想は、
「良かった~~!!」
と言うものだった。もし、その相手が門前じゃなかったらどうしようかと思ったが、無用な心配だった。しかし、澪はその言葉の真意に気付かない。
「『良かった』って何よ。まだ夫が亡くなって1月よ。そんな、そんなすぐにどうこうできるはずがないでしょ。」
怒りというより混乱している様子だ。あたふたと狼狽している。
「そうか?澪の夫が生きていた時は彼だけを愛していたのだろう?」
「も、勿論よ。信悟を、信悟だけを愛していた。」
「それに彼はそこまで狭量なのか?彼はなぜ過労死するまで働いた?彼が澪に一番求めていたのは何だ?彼はどんな澪が好きだった?」
「――っ!!」
その時、生前の信悟の姿を思い出していた。
「澪、今度の休みどこに行く?」
「澪、成人式の晴れ着も似合ってるね。」
「澪の事が好きです!結婚してください。」
「俺、空と澪の為に仕事頑張るから。」
「澪の笑っている顔が大好きだよ。絶対幸せにするから。」
「ぐっ、く、うっ、うん、ぐずっ。」
澪は涙を堪えられなかった。次から次へと感情が溢れだす。嗚咽が交じり、言葉にならない。
俺は澪が落ち着くまで背中をさすり続けた。
「落ち着いた?」
「うん。大丈夫。」
涙も止まり、呼吸も通常通りに戻った澪。
「ねえ。もう私達は会えないのかな?」
「……そうだね。」
きっと、これが最後の会話だろう。でも寂しがるのは違う。なぜなら――
「澪はもう支えてくれる人がいるだろ?いつまでもここに留まっては前に進めない。」
(うん。実はね、もう一つ後悔があるの。それは、また今度、どこかで会えた時に。)
その瞬間、澪は現実世界で目を覚ました。涙の後が頬を伝い、枕が濡れている。
すぐにスマホを取り出し、ある人物にメッセージを送る。
「この前の返事をしようと思うの。」




