表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/16

仕事⑤ー1

 清々しい朝だ。と言っても、朝日は昇らない。

 死後“朝”という概念は存在していない。それどころか時間の経過すら曖昧だ。

 それでも、何となく“清々しい朝”だと感じるのは、覚田の新たな旅立ちに立ち会えたからだろう。

 これは妻と初めて朝を迎えた時のような多幸感と全能感が…なんて感傷に浸る。

 だが、そのまま穏やかな時間にも突如終わりが来る。

 急激な悪寒が体を突き抜けた。脳天からつま先まで氷の弓矢が貫通したかと錯覚する。

「い、生きてる…。いや、生きてはいないんだけど。」

 仕舞いには自分で自分に突っ込んでしまう。どっと感じた疲労。思わず手を膝に乗せる。

「足が、震えてる?」

 本能的な危機を察したのか足が震え、逃げ出したい衝動に駆られる。

 手汗でスーツの膝のところが濡れていく。

「ウム、まだ立っているとはなかなか見ごたえのある男だな。」

 高笑いが聞こえた背後を恐る恐る振り返ると、初日に他のバケモンたちを制御していたあと男だ。3メートルを超える長身に信悟の倍はあろう肩幅。どんな手段をとっても敵わないと本能が警鐘を鳴らす。

「ウムウム。良いぞ。頑張っているな。お前みたいな奴はなかなかいない。」

 背中を好意的に叩くが如何せん、力が強い。威圧感は凄いが、これはあれだ。親戚のおじさんの超強化版だ。そんな事を考えていると、どしっと頭に手を置かれた。ちょっと身長縮んだんじゃないか?

「普段は中立を意識しているんだが、俺はお前を気に入っている。だから、事前に一つ忠告。」

 如何にも無遠慮な言動をしていた相手が急に真剣なトーンで話をしたので、こちらも真面目な顔つきになる。

「次の相手は、恐らくお前が一番会いたい相手だろう。だからこそ、心惑わされずに、正直に真っすぐ、事に当たるのだ。」

 そこには有無も言わせぬ迫力があった。


 扉を開けると均等な距離に設置されたテーブルと椅子。テーブルの上にはナイフとフォーク、お皿が上品に並べられている。そして華やかな明かりがそれらを照らしている。外側を見ると、全面ガラス張りで夜景が一望できる。

 そして、思い出の席に彼女はいた。窓に映る物憂げな表情ですら愛おしく感じる。

 見間違うはずもない。俺が唯一心から好きになり、プロポーズし、結ばれた人。人生の全てだった。

「あ、ああ――。」

 言葉を出そうにも、感情が溢れ妨害をする。ちゃんと目に焼き付けたいのに、目の前が滲んではっきりしなくなる。感情が溢れだし、頭が真っ白になっていく。

「えっ、えええーーーっ!!」

 しんみりした空気を吹き飛ばしたのは澪の驚愕した声だった。

(ああ、そうだった。こいつはこんな感じだった。何というか、ちょっと抜けてるというか……)

 途切れそうになる意識の中で、澪のこれまでの言動を思い出していた。


「あっ、気がついた。大丈夫?どこか痛くない?」

 テンパった様子で体を心配してくれる。

「ありがとう。大丈夫だよ。」

「本当に気を付けてね。体にだけは…。」

 そう言うと、笑顔だった表情に一瞬陰が見えた気がした。

「じゃ、じゃあ。私はこれで。」

 立ち去ろうとする澪の手を掴んで、引き留める。

「ちょっと、話聞いてくれませんか?」

「えっ?あっ、はい。」

 何とか話をする了承を得ることができた。


「体は本当に大丈夫ですか?」

 席に着いて最初の一言目がそれだった。

「いや、本当に大丈夫だから。」

「本当に?無茶してない?」

「してない、してない。」

「そ、そう。なら良いんだけど。」

 余りにも心配する澪に対し、苦笑いを浮かべながら否定する。

「にしても、不思議な空間よね。」

 澪はテーブルに置いたワイングラスを手に取り、違和感を口にする。

「例えば?」

「ほら、ここにメニューがあるでしょ?」

 メニューをこれ見よがしに見せてくる。

「それで注文しようとしたんだけど、ウエイターがいないの。それで『どうしよう?このサラダが欲しいんだけどな』って思ったら、いつの間にかテーブルに置いてあったの。ほんと凄いよね。マジックみたい。」

「へー。そうなんだ。……おっ!本当に出た!!」

 実際に信悟が頭の中でメニューを思い浮かべると実際にテーブルの上にシャンパンが現れた。

 今までの店員にオーダーするものとは異なった空間のようだ。

「シャンパン、好きなの?」

「全然?」

「えっ、じゃあ何で注文したの?」

「何でって…。」

 視線を移すと、窓の外には、砕けた星屑のような光が無数に散らばっていた。地上に、もう一つの銀河が瞬いている。

「こんな素敵な場所で、貴方と一緒に呑むのにはシャンパンかなって。」

「ハハハハ。何それ。」

 ちょっと遠慮したようなボリュームでリアクションをしてくれる。

「あー、面白い。じゃあ、私からも一つ、面白いことがあるんだよ。」

 一変、ニヤニヤしたいたずら少女のような笑みを浮かべる。

「何?」

「ちょっと待ってて。」

 そう言うと、澪は席を立ち、少し遠いところの席に座る。

「えいっ!」

 座った席のテーブルを勢い良く指差す。しかし、そのテーブルには何も出現せず。信悟が座る席のテーブルにシャンパンが現れた。

「ね!見た?」

「見たよ。」

「凄いでしょ。どこの席でやっても、この席に出てくるんだよ。」

「そ、そうか~。」

「何かリアクション薄~い。」

 期待外れの反応になったのは理由がある。なぜならこのテーブルは特別なのだ。何しろ、俺が澪に告白した由緒正しき席なのだ。これもアイツの計らいなのだろう。

 あのお節介なおじさんの顔がちらついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ