仕事⑦ー2
「4」と書かれたDVDを再生してみる。
「おはようございます。」
元気のある朗らかな声が会社内で響く。
背筋が伸び、生き生きとした表情には曇りが一切ない。
挨拶を交わして席に着くとそこからの景色には見覚えがあった。
俺が勤めていた席だった。
「頑張ったな。」
微笑ましく感じる。
対して澪は忙しなく動いている。いや、澪は席から殆ど動いていないのだが、後輩や上司が次々と訪れるのだ。
「あのー、ここ何ですけど…。」
「あー、そこは――。」
「澪さん。この前の話なんだけど…。」
「はい、すぐ行きます。」
あの時の頼りない、悲観的だった彼はもういなかった。
「門前――。すまないが、今日、残業できるか?」
「すいません。今日はちょっと。」
「何だ?女でもできたか?」
「まあ、できたというか、元かのとヨリを戻すことになりまして。」
「そうか!」
澪が彼女と別れた経緯も知っている上司が驚きと共に少し嬉しそうな顔をする。
「でも、どうやったんだ?あの状態から?」
「いや、それはもう。直球勝負でしたよ。謝って謝って、土下座して謝りましたよ。」
「それは…。」
「でも良いんです。俺にとって大事なものだと再認識できたので。」
「何だ?惚気か?はら、さっさそ行け。もう“大事な人”を手放さんようにな。」
「分かってますよ。失礼します。」
言い合いながらもお互いを思い合う優しい目をしていた。
「5」と書かれたDVDを再生してみる。
動画に映ったのは、澪の年取った姿だった。皴も増え、やや頬もこけている気がする。きっと50年程は経った姿だろう。
だが、すぐに澪だと分かる。弱弱しくも真っすぐな瞳。どの皴よりも深く刻まれた笑い皴。どれも幸福な人生だったことを物語っている。
そして、彼女は大勢の人に囲まれて、ベッドに横になっている。
「さあ、お別れの言葉を――。」
「そ、そんな…。」
医師の宣告に上手く言葉が出てこない。
画面の中でも、50近くになった空や他の数名が涙を流し、その場に崩れ落ちる。
「さあ、まずは、大輔――。」
「うん。」
呼ばれた門前大輔は優しく澪の手をとる。
「貴方は、信悟が死んでから、傷ついていた私を支えてくれましたね。本当にありがとう。今まで本当にありがとう。」
「お礼を言うのは俺の方だよ。ありがとう。」
「次に――。」
一人ひとり短くも確実に思いを伝えていく。その一音一句を聞き逃すまいと大事に聞いている。皆が涙を流しながら、最高の形で見送ろうと頑張って笑顔を作っている。
「じゃあ、最期に空――。」
「は、はい……。母さん、母さん。」
「落ち着いて聞いて。貴方はとっても優しい子。私達の元に生まれてきてくれてありがとうね。」
「母さん。私も母さんのところに生まれて良かった。」
「真っすぐ向き合ってあげられなかった時もあったわね。ごめんなさい。」
「そんなことない。私の方こそくだらないプライドが邪魔して向き合えなかった。」
「それでも貴方は勇気を出して話してくれた。貴方は娘であると共に私の英雄よ。」
「私にとっても母さんは母でような、師匠のような、友達のような、とっても大事な人だ。」
「そんなことないわよ。」
娘から面と向かって“大事な人”と言われ、思わず苦笑する。
「だからこそ、余り早くこっちに来てはいけないよ。」
「う、うわーーーっ!!」
「どうだ、少し落ち着いたか?」
「う、うん…。」
門前が空を慰める。
「では、席を外しましょう。」
「えっ?」
「だって、残りの時間は彼との時間だから。」
「彼って、ううん。そうね。これ以上はいけないね。」
「ごめんね。」
「ううん。私にとってももう一人の父さんだから。」
全員が別れを惜しみながら病室を出る。
「あー、終わった。」
達成感に満ちた顔で隣にある写真立てに微笑む。
そこには信悟と澪の写真が飾られていた。
「貴方、一番初めに愛した人。大切な子を授けてくれた人―。だから最期は貴方と過ごすって決めていたの。」
写真を手に取り、ゆっくりと撫でる。
「貴方と出会って退屈だった人生に色がついたの。どんな時も一緒にいてくれた。どんなに辛い時も、どんなに苦しい時も。本当に“病める時も健やかなる時も”を実践していた。そんな貴方を愛し、子まで授かった。なのに、私は貴方をちゃんと見れていなかったわね。あんな死に方をしてしまうなんて…。」
顔に陰りが見えてくる。
「駄目ね。何度やっても湿っぽくなっちゃう。でも、勘違いしないでね。私は後悔していないの。死んでも尚、私を気遣ってくれた貴方に失礼だものね。最期に、あの時言えなかった事。本当にありがとう。何から何まで全部ありがとう。今までもこれからも愛してるわ。」
澪は安らかな顔で息を引き取った。
「6」と書かれたDVDを再生してみる。
目の高さ程の直方体の石材がいくつも並んでいる。その一つに手を合わせる老人が一人。
「なあ、信悟。母さんもそっちに逝ったよ。」
父が語りかける石には『寺田信悟』と刻まれていた。そう、ここは墓地である。
「あんなに偉ぶってた俺がまだ生きていて、支えてくれた母さんや頑張って働いたお前が先に逝くなんてな。」
感慨深そうに告げる声には寂しさが籠っている。
「母さんは笑顔で逝ったよ。俺も今のところそうなる予定だ。お陰で良い人生を送ってるよ。……ハハハハハ。俺も丸くなっただろ?人間ウイニングランはゆっくり走るものだと分かったよ。じゃあな。また来るさ。」
そう言うと墓参りの荷物を片づけ、帰っていった。
「7」と書かれたDVDを再生してみる。
そこには一言、『来世はどう生きる?』と。
見た瞬間、カンカンカンとガベルを叩く音が響く。
「おっと。」
部屋が瞬時に切り替わる。いや、俺自身が飛ばされたのか。
初日に会った広間があった。一人一人でも威圧感があるのだ。全員いると尚更である。
「さあ、動画は見ただろう。遠回しな表現は得意でなくてな。直球で言う。来世はどう生きる?」
「どうってのは?」
質問に質問で返すのはマナー違反だと分かっていたが、返さずにはいられなかった。
手で制止し、続ける。
「お前にはいくつかの選択肢がある。一つ、再度人間として生まれ変わる。一つ、人間以外の生物として生まれ変わる。一つ、何にも生まれ変わらず、そのまま悠久の時に身を任せる。そして――我々の仲間になる。」
「「「――ッ」」」
周囲が明らかな驚きの表情をする。
「彼にはその資格がある。そう私は判断した。どうだ。我々と同じにならないか?」
(そりゃ、応じるに決まってる。我々の仲間になるというのは、神になるのと同義なのだから。)
「いや、なりませんけど。」
「は?」
どこからともなく、驚嘆の声が上がる。
他の神々も目を見開く。
「理由を聞いても?」
意を決して、一歩前に出る。
「俺は、人間だし。それ以外の生き方を知らない。それに、今回の事でよく分かったんだ。人間は悩み、苦しみ、時に傷つけたり、誤解したりする。でも、だからこそ、優しくしようとしたり、話し合ったりして、幸せになっていくんだと。俺にとってその経緯がとてつもなく大切だと思うんだ。」
「何を――っ。」
何を言うんだ、と反論をしようとする声を更に大きい笑い声が打ち消した。
「ハハハハハッ。それだ、それでこそお前なのだ。良い良い。」
高らかな笑い声に他の者も文句を言えなくなった。
ガベルがカンカンと鳴り響く。すると背後に一本の道が形成された。
「ならば、行くが良い。次の人生には大いなる祝福があるだろう。我も楽しみにしている。」
「ありがとうございました。」
深いお辞儀をし、白く光る一本道を歩き出した。




