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魔王はこの中にいる  作者: 南蛇井


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⑩ さらに恐怖の一文

神谷は鏡から目を逸らし、荒い呼吸を整えた。


 


恐怖に呑まれれば、思考が鈍る。


この敵に対して、それは致命的だ。


 


机へ戻る。


祈祷書の下に埋もれていた最後の冊子――もっとも薄く、もっとも傷んだ日記帳を手に取った。


表紙は湿気で波打ち、角は裂けている。


何度も開かれ、何度も閉じられた痕跡。


迷いの多かった本だと、神谷は思った。


 


頁をめくる。


 


途中までは、これまでと同じだった。


 


『どうか皆を守ってください』


『今日も穏やかでありますように』


『まだ間に合うなら』


 


短い祈り。


曖昧な願い。


空白の連続。


 


だが最後の頁だけ、違った。


 


紙面いっぱいに、急いだような文字が走っている。


インクは滲み、ところどころ掠れていた。


 


『勇者は希望』


 


神谷の手が止まる。


 


自分のことではない。


過去の勇者たちも含め、この国が信じる救済の象徴。


異界より来る者。


王にも聖女にも従属しない外部変数。


 


だから希望。


既存の物語へ属さない存在だからこそ。


 


次の行。


 


『だが、理解した勇者は危険』


 


神谷の喉が詰まった。


 


文字を読み違えたのではないかと、もう一度見る。


変わらない。


 


理解した勇者は危険。


 


神谷の脳裏に、失踪した初代勇者の日誌がよみがえる。


壊れた文脈。


狂気のような断片。


それでも核心だけは妙に正確だった記録。


 


知った者は壊れる。


そう思っていた。


 


だが、もっと悪い可能性がある。


 


壊れるだけでは済まない。


 


理解する者は、敵にとって利用価値が高い。


 


勇者はこの世界の外から来る。


固定された認識に染まりきっていない。


王という役割にも、聖女という制度にも、民衆の思い込みにも完全には属さない。


 


だから本来なら、認識寄生体に対する“異物”だ。


刃になり得る。


 


だが、その構造を理解してしまえば。


仕組みを言語化し、観測し、分析し始めれば。


 


最も深く“それ”を認識する者になる。


 


つまり――


最も栄養価の高い観測者。


 


神谷の背中に冷たいものが走る。


 


「……俺?」


 


思わず漏れた声が、部屋の中でひどく幼く聞こえた。


 


自分はここまで考えた。


王の不在。


人格最適化。


記録改変。


観測依存。


認識寄生体。


 


誰より具体的に理解し始めている。


 


聖女が警告した“危険な勇者”の条件を、


今まさに満たしつつある。


 


神谷は日記を閉じようとして、止まった。


 


最後の頁の下端に、さらに小さな追記がある。


震えた文字で、ほとんど潰れかけた一文。


 


『剣の勇者より、知る勇者を恐れる』


 


神谷は椅子を蹴って立ち上がった。


 


剣では倒せない。


だが知性は届く。


構造を暴き、名を与え、輪郭を定義できる。


 


それは討伐の手段にもなり得る。


同時に、敵を完成させる手段にもなる。


 


知れば知るほど近づく。


理解するほど餌になる。


 


主人公であることが希望なら、


賢い主人公であることは災厄かもしれなかった。


 


鏡の中で、自分の背後に立つ“王”の影が、


今度ははっきり笑った気がした。

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