⑨ 聖女の死の再定義
神谷は椅子にもたれ、ゆっくり目を閉じた。
これまで聖女の死は、ひとつの事件として処理されていた。
城内で起きた最初の異常死。
誰かに殺されたのか。
陰謀に巻き込まれたのか。
口封じに消されたのか。
皆がそう語った。
神谷自身も、その枠の中で考えていた。
だが違う。
今、部屋に残された断片を繋げた時、
あの死は“被害”ではなく“消耗の果て”に見えてくる。
(聖女は殺されたのではない)
犯人に刃を向けられたわけではない。
毒を盛られたわけでもない。
(消されたのでもない)
秘密を知ったから処分された、という単純な話でもない。
もっと静かで、もっと残酷だ。
(限界まで一人で戦っていた)
神谷の脳裏に、礼拝堂で微笑む聖女の姿が浮かぶ。
穏やかな声。
乱れぬ所作。
誰に対しても慈悲深い眼差し。
その内側で、彼女は何を見ていたのか。
王の矛盾。
記録の揺らぎ。
民衆の記憶が書き換わっていく恐怖。
それを誰にも言えず、
言えば敵を強くすると知りながら、
毎日、王の隣に立ち続けた。
どれほどの緊張だったか。
どれほどの孤独だったか。
食事の席でも。
儀式の最中でも。
玉座の間でも。
夜、一人きりの部屋でも。
一瞬たりとも油断できない。
言葉を選び、
視線を配り、
誰が何を知ったかを測り、
王がどこまで形を得ているかを見続ける。
それは戦場より過酷だ。
敵が見えないのだから。
神谷は第1話の現場を思い返す。
倒れた聖女。
混乱する周囲。
誰もが“事件”として騒いだあの朝。
もしあれが、単なる殺人ではなく。
最後の力を使い切った結果だったなら。
王の固定化を遅らせるため、
認識を逸らすため、
何か大きな対抗儀式を行った末の崩壊だったなら。
あるいは、神谷を召喚した代償だったなら。
彼女は死んだのではない。
燃え尽きたのだ。
神谷は拳を握る。
爪が掌へ食い込むほど強く。
皆は彼女を哀れんだ。
美しく死んだ聖女として。
悲劇の象徴として。
違う。
彼女は最後まで戦っていた。
誰にも理解されず、
誰にも称賛されず、
敵の名すら叫べぬまま。
その死体だけが、ようやく人々の目を集めた。
なんという皮肉だ、と神谷は思う。
生きて戦っていた時には、誰も見なかったのに。
死んで初めて、皆が彼女を見る。
そしてその視線さえ、敵の養分になり得る。
神谷はゆっくり立ち上がり、祈祷台へ向き直った。
「……あんたは、何を残した」
答えはない。
だがこの部屋そのものが答えだった。
隠された文字。
印を付けた地図。
空白の日記。
押し花。
鏡。
沈黙の中に、必死の抵抗が積み重なっている。
第1話の事件。
あれは始まりではない。
誰にも知られなかった戦争の、終幕だったのだ。




