表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王はこの中にいる  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

96/167

⑧ 過去回想(聖女の苦悩)

神谷は震える文字を見つめたまま、そこに至るまでの聖女の時間を思った。


 


最初は、些細な違和感だったのだろう。


 


王の返答が日によって違う。


昨日は知らぬと言ったことを、今日は昔から知っていると言う。


だが誰も気にしない。


その場にふさわしい答えなら、人は矛盾を飲み込める。


 


聖女だけが気づいた。


 


祈りの場で王は敬虔であり、軍議では勇猛であり、民衆の前では慈悲深かった。


どれも王らしい。


だからこそ、不自然だった。


 


人格が豊かなのではない。


相手に合わせて完成している。


 


次に、記録が揺れ始めた。


 


過去の謁見記録の文言が変わる。


侍従日誌の日付がずれる。


古い書簡の内容が、読むたび少し違う。


 


誰かの改竄なら痕跡がある。


だが痕跡がない。


皆は「見間違いだ」と笑う。


 


聖女だけが覚えている。


昨日まで別の文だったことを。


 


さらに、人々の記憶まで変わっていく。


 


「陛下は昔からそうだった」


「その話なら何度も聞いた」


「最初から三人の勇者がいたはずだ」


 


存在しなかった過去が、穏やかに共有され始める。


 


聖女はようやく理解した。


 


敵は人を殺して侵略するものではない。


世界の記憶へ住み着くものだと。


 


だが理解しても、剣は届かない。


祈りも届かない。


封印すべき核も、討つべき肉体も見つからない。


 


敵は王として座っている。


しかも民に愛され、必要とされている。


 


ここで暴けばどうなるか。


 


王がおかしい。


何者か分からない。


魔王が内部にいる。


 


その一言で、城中が王を見る。


民衆は恐れる。


貴族は騒ぐ。


兵は疑う。


学者は考える。


 


恐怖は注目を呼ぶ。


注目は認識を集める。


認識は像を濃くする。


 


それが敵の餌だった。


 


聖女は何度も口を開きかけ、閉じたのだろう。


 


礼拝堂で。


王の隣で。


祈りの説教の最中に。


 


「皆さま、聞いてください」と言えば終わる。


だがその瞬間から、世界中が“それ”を意識し始める。


 


沈黙だけが防壁だった。


 


だから彼女は一人で抱えた。


 


日記には曖昧な祈りだけを書く。


祈祷書の余白にだけ真実を隠す。


鏡の位置を変え、視線を逸らし、王の動線をずらし、少しでも固定化を妨げる。


 


誰にも理解されず。


誰にも相談できず。


むしろ敬虔な聖女として微笑み続けながら。


 


神谷は机上の押し花へ目を落とした。


色褪せた小さな花々。


 


忙殺の中でも摘んだのか。


正気を保つために集めたのか。


 


孤独な人間の習慣に見えた。


 


聖女は無敵の巫女ではなかった。


ただ一人、知ってしまった人間だった。


 


そして誰より優しかった。


 


世界を守るために、誰にも真実を渡さなかったのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ