② 聖女の部屋へ
聖女の私室は、礼拝堂に近い東棟の最上階にあった。
王族の居室ほど豪奢ではなく、来客用の広間もない。
それでも城内で最も静かな場所に置かれている。
祈りのためか、隔離のためか。
神谷には判別がつかなかった。
扉の前には封鎖を示す細い蝋紐が渡されていた。
事件以来、誰も正式には入っていないのだろう。
神谷は周囲を確認し、短剣で蝋を切る。
乾いた音が小さく響いた。
鍵は古く、数度回しただけで外れた。
扉を押し開ける。
冷えた空気が流れ出る。
閉ざされた部屋特有の、時間の止まった匂い。
神谷は慎重に中へ入った。
室内は思ったより狭い。
寝台。
小机。
書棚。
祈りの台座。
窓辺の椅子。
王に並ぶ地位を持つ人物の部屋とは思えないほど簡素だった。
贅沢を嫌ったのか、必要としなかったのか。
壁に飾りはなく、金銀の装飾もほとんどない。
あるのは生活の痕跡ではなく、慎ましさだけだった。
神谷はまず小机へ近づく。
上には厚い祈祷書が積まれている。
革表紙は擦り切れ、角は丸くなっていた。
何度も開かれ、指で撫でられてきた本だ。
見せかけではない。
本当に使われていたものだと分かる。
その横には、小さな木箱。
開けると、乾いた花びらが何枚も重ねられていた。
押し葉だ。
野の花、白い花、名も知らぬ紫の花。
丁寧に挟まれ、色褪せながら残っている。
神谷は少しだけ意外に思う。
聖女という肩書きの向こうに、一人の女の趣味があった。
次に、机の引き出しから日記帳が見つかった。
薄い冊子が何冊か。
だが頁をめくると、記述はまばらだった。
数日分まとめて空白。
一行だけ書かれた日。
日付すらない頁。
続ける気がなかったのか。
書けなかったのか。
書かせたくなかったのか。
神谷は眉をひそめ、脇へ置く。
さらに書棚の下段から、折り畳まれた地図が出てきた。
城内の見取り図。
通路、礼拝堂、玉座の間、塔、地下区画まで細かく記されている。
聖女が持つには実務的すぎる品だった。
そして最後に、窓際の布で覆われた大きな物へ目が止まる。
神谷は布を払った。
現れたのは、古い鏡だった。
人ひとりが映る姿見。
縁は黒ずんだ銀で装飾され、ところどころ曇っている。
新しい品ではない。
代々使われた遺物のような気配があった。
神谷の指が止まる。
鏡。
王の私室でも、唯一位置を変えていたもの。
認識系魔法の微かな残滓を帯びていたもの。
ここにもある。
偶然とは思えなかった。
神谷は鏡面を覗き込む。
曇った中に、自分の顔がぼやけて映る。
疲れた目。険しい表情。
その奥に、部屋の寝台と窓が映り込む。
何の変哲もない反射。
だが、それだけで終わらない予感があった。
神谷は静かに呟く。
「……お前も、見ていたのか」
返事の代わりに、鏡の奥で朝の光がわずかに揺れた。




