第8話:聖女の真意 ① 導入:死人だけが正直
夜明けの鐘が鳴っても、神谷は眠れなかった。
王の私室で見た空白。
誰も使っていない寝台。
減らない水。
動く鏡。
そして、昼になれば何事もなく現れる王。
断片は揃いつつある。
だが、まだ線にならない。
王は夜いない。
私室は空だ。
認識系魔法の痕跡もあった。
それでも決定打がない。
王を問い詰めても、また自然な答えが返るだけだろう。
証言は歪む。
記録は変わる。
人々は見たいものを見る。
この城で、生きている者の言葉は信用できない。
神谷は窓辺に立ち、白み始めた空を見上げた。
城下では朝市の支度が始まり、遠くで車輪の軋む音がする。
世界は平穏を続けている。
まるで何も壊れていないかのように。
(生者は嘘をつく)
悪意でなくとも。
恐れでなくとも。
ただ都合よく、自然に、無意識に。
王を信じたい者は王を信じる。
記憶したい形に記憶する。
語りやすい物語へ整える。
この城では、それが日常だ。
神谷は机の上に置かれた古い数冊の帳面へ目を落とした。
失踪した勇者の日誌。
改変された記録。
証言の食い違い。
どれも残されたものだ。
死者や消えた者は、もう取り繕えない。
だからこそ、痕跡だけが残る。
(だが死人は、残したものしか語れない)
その言葉が胸の底へ沈む。
聖女。
第1話の死者。
神谷がこの城へ来て最初に見た、壊れた中心。
皆が悲しみ、皆が語り、誰も本当のことを言わなかった女。
彼女は王に最も近い存在だった。
祈りの場にも、政治の場にも、民衆の前にもいた。
そして、死んだ。
もし王の異常に誰より近かった者がいるなら。
もし沈黙の理由を持っていた者がいるなら。
それは聖女しかいない。
神谷は外套を羽織り、部屋を出た。
回廊には朝の使用人たちが行き交い始めている。
誰も彼を止めない。
勇者という肩書きは、便利な鍵だった。
向かう先は決まっている。
聖女の遺品保管室。
死者の部屋は封じられる。
だが封じられた部屋ほど、真実を抱え込む。
神谷は石段を下りながら、小さく呟いた。
「答えを知っているのは、お前か」
返事はない。
だが、生者よりは期待できた。




