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魔王はこの中にいる  作者: 南蛇井


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⑫ ラスト

夜明け前の私室は、世界から切り離された箱のようだった。


 


窓の外はまだ青黒く、朝の輪郭すら生まれていない。


灯火も落とされ、室内には薄い闇だけが満ちている。


 


神谷はその中央に立っていた。


 


誰にも告げず、再び侵入した。


確かめるためだ。


夜の終わりに、この部屋がどうなっているのかを。


 


結果は昨夜と同じだった。


 


空。


 


寝台は乱れず。

水差しは満ちたまま。

机の紙は揃い。

空気は冷えている。


 


ここには、人が夜を過ごした痕跡がない。


 


神谷は静かに呼吸した。


 


(王は夜、ここにいない)


 


確信に近かった。


 


戻ったことになっているだけで、戻っていない。


眠ったことになっているだけで、眠っていない。


 


この部屋は生活空間ではない。


王の存在を証明するための舞台装置だ。


 


なら、昼の王は何だ。


 


毎朝、定刻に現れ。

揺るぎない姿勢で玉座に座り。

相手ごとに最適な答えを返し。

完璧な規則で一日を終える。


 


人間らしい揺らぎを持たず。


夜には痕跡すら残さない。


 


(昼の王だけが存在している)


 


その考えが、背筋を冷たく撫でた。


 


存在しているのは、昼の時間帯だけ。


人々に見られている間だけ。


王として必要とされる時だけ。


 


神谷の脳裏に玉座が浮かぶ。


高く、豪奢で、空虚な椅子。


誰もいない夜の玉座。


 


(あれは人間の生活ではなく)


 


食べ、眠り、疲れ、独りになる者の席ではない。


 


民衆の前に現れ。

国家を語り。

秩序を象徴するための場所。


 


人格ではなく機能。


生命ではなく現象。


 


(出現しているだけでは?)


 


朝になれば王が現れる。


夜になれば王が消える。


 


まるで太陽のように。


あるいは、呼び出された何かのように。


 


神谷は鏡へ目を向けた。


暗い鏡面には、ぼんやりと自分だけが映っている。


 


この部屋に王はいない。


だが朝になれば、王は玉座にいる。


 


その間の時間は、どこへ消える。


 


神谷の喉から、かすれた声が漏れた。


 


「王は――」


 


外で、遠く鐘の準備をする音がした。


まもなく六刻。


王が現れる時刻だ。


 


神谷は闇の中で立ち尽くしたまま、問いを口にする。


 


「いつ眠っている?」

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