⑪ 隠し伏線(超重要)
神谷は再び王の私室へ入った。
今度は昼だ。
侍従たちは掃除と整頓に追われ、王は謁見中。
堂々と検分できる時間は短いが、昨夜より見えるものは多い。
部屋はやはり整いすぎていた。
寝具は正確に畳まれ、机上の文具は定規で測ったように揃えられている。
生活感ではなく、展示品の気配。
神谷は侍女の一人を呼び止めた。
「毎朝、ここを整えているのは誰だ」
「日替わりでございます」
「では、物の位置は誰が決める」
侍女は首をかしげた。
「位置……ですか?」
「昨日と今日で、変わる物はあるか」
侍女はしばらく考え、やがて戸惑った顔で答えた。
「……鏡、でしょうか」
神谷の視線が止まる。
部屋の隅に置かれた姿見。
人ひとり映せる大きさで、重厚な木枠に銀細工が施されている。
「どう変わる」
「少し、角度が……」
「誰が動かす」
「存じません。ですが朝になると、たまに窓向きだったり、寝台向きだったり……」
侍女は慌てて付け加えた。
「掃除の者が触れたのかもしれません」
神谷は答えず、鏡へ歩み寄った。
床石に薄い擦れ跡がある。
何度も、少しずつ位置を変えた痕跡。
昨夜の記憶では、確か寝台へ斜めに向いていた。
今は窓側へ振られている。
(誰が動かしている?)
王が使っていない部屋。
誰も寝ていない寝台。
減らない水。
乱れない机。
その中で、鏡だけが毎朝位置を変える。
生活のためではない。
意図のある変化だ。
神谷は鏡面へ手をかざした。
冷たい。
だが一瞬、指先にざらつくような違和感が走った。
魔力。
微弱すぎる。
普通の魔導士なら掃除の残滓と見過ごす程度。
だが神谷は、この城の異常に慣れ始めていた。
彼は目を閉じ、呼吸を整える。
感じ取れる気配を追う。
火でも治癒でも転移でもない。
もっと曖昧で、輪郭のない揺れ。
認識系魔法。
対象そのものを変える力ではなく。
見る側の理解に触れる種類の気配。
第2話の証言の歪み。
第3話の変わる記録。
第6話の王の最適化された応答。
全てと同じ匂いがした。
神谷は鏡面を見つめる。
そこには自分の顔が映っている。
疲れた目。眠れていない顔。疑いに取り憑かれた男。
だが、ほんの一瞬。
映った自分の表情が、わずかに遅れて笑った気がした。
神谷は即座に一歩退く。
次の瞬間には、ただの鏡だった。
侍女が怯えた声を出す。
「ゆ、勇者様?」
神谷は視線を外さずに言った。
「この鏡に、誰も近づけるな」
「え……?」
「王も含めてだ」
侍女は青ざめる。
神谷は低く呟いた。
「部屋を整えているんじゃない」
鏡の中の自分が無言で見返してくる。
「見え方を整えているんだ」




