表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王はこの中にいる  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
91/167

③ 初期発見(ミスリード)

神谷は机の前に椅子を引き、日記帳を一冊ずつ並べた。


 


紙は上質だが、使い込まれて端が柔らかくなっている。


聖女自身が何度も開き、閉じたのだろう。


 


最初の冊子を開く。


 


整った筆跡。


癖の少ない、読みやすい文字だった。


 


『お救いください』


 


一行だけ。


次の頁は空白。


その次も空白。


 


別の日付の頁。


 


『どうか穏やかに』


 


また一行。


 


さらにめくる。


 


『皆を守りたい』


 


『お許しください』


 


『光を絶やさぬように』


 


『今日も祈ります』


 


神谷は頁を閉じ、別の冊子を開いた。


 


内容は変わらない。


 


『迷う心を鎮めてください』


『誰も傷つきませんように』


『どうかお導きを』


 


短く、柔らかく、曖昧な言葉ばかりだった。


 


具体的な出来事はない。


誰の名もない。


場所もない。


王にも勇者にも、魔王にも触れていない。


 


まるで祈祷文の断片だ。


 


神谷は肘をつき、冊子の束を見下ろした。


 


聖女の日記。


王に最も近く、城の異変にも最も近かった女の私的記録。


そこに残されているのが、この無害な言葉だけ。


 


信心深い人物なら自然だ。


職務として祈りを捧げる者なら、なおさら。


 


だが自然すぎる。


 


事件の前兆もない。

迷いも怒りもない。

人間関係の軋みもない。


 


生きた人間の記録にしては、平らすぎた。


 


神谷は一冊を手に取り、紙面を光へ透かす。


消した跡はない。


書き直した痕跡も薄い。


 


本当に、これだけを書いたのだ。


 


「お救いください、か」


 


神谷は小さく呟く。


誰を。何から。


その対象がどこにもない。


 


聖女の言葉は優しい。


だが優しい言葉ほど、何でも包める。


 


救いは病にも使える。

争いにも使える。

個人の罪にも、国の危機にも使える。


 


意味が広すぎる言葉は、時に意味を隠す。


 


神谷は次の頁をめくる。


 


空白。


 


さらに次。


空白。


 


書けなかった日々。


あるいは、書かなかった日々。


 


その沈黙の方が、短い祈りの言葉より雄弁だった。


 


神谷は目を細める。


 


(核心を避けている)


 


知らなかった者の筆ではない。


知っていて、触れていない筆だ。


 


名前を書けば危険だったのか。

具体を書けば残るからか。

あるいは、言葉にした時点で何かが起こると知っていたのか。


 


第3話の壊れた勇者の日誌が脳裏をよぎる。


知るほど壊れる記録。


 


もし聖女も同じ結論へ辿り着いていたなら。


彼女は狂う代わりに、書くことをやめたのかもしれない。


 


神谷は冊子を閉じた。


 


祈りの文言に見える。


だがこれは祈りではない。


 


検閲された文章だ。


 


書いた本人による。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ