⑧ 犯人特定
神谷は、ゆっくりと視線を動かした。
その先にいるのは、一人。
ローブをまとった男――宮廷魔導士。
静かに、しかし確実に、その視線が止まる。
「この方法が可能な人物は限られています」
神谷の声は変わらず淡々としていた。
「回復魔法の構造を理解し、そこに“細工”を施せる者」
一歩、踏み出す。
「そして、聖女に直接接触できた者」
魔導士は何も言わない。
ただ、わずかに目を細めて神谷を見ている。
神谷は続けた。
「あなたは昨夜、聖女と会っている」
「祈りの前に、調整が必要だと称して」
沈黙。
騎士団長が振り向く。
「……本当か」
魔導士は肩をすくめた。
「事実だ。だが、それがどうした」
軽い調子だった。
だが、その声には、先ほどまでの余裕がわずかに薄れている。
神谷は止まらない。
「そのとき、あなたは傷を与えた」
「ごく小さな、本人が気にしない程度のものを」
「そして――回復魔法を使わせた」
魔導士の沈黙が、長くなる。
神谷は言い切った。
「その魔法に、毒を仕込んだ」
空気が、張り詰める。
騎士たちの手が剣にかかる。
だが魔導士は、動かなかった。
やがて、ふっと小さく息を吐く。
「……よく気づいたな」
その一言で、全てが確定した。
騎士団長が一歩踏み出す。
「貴様……!」
「待て」
魔導士は片手を軽く上げた。
不思議と、その動きに殺気はない。
むしろ――どこか諦めたような、静けさがあった。
魔導士はゆっくりと神谷を見る。
「理由を聞かないのか?」
神谷は即答した。
「聞きます」
短く。
感情を挟まずに。
魔導士は小さく笑った。
「らしいな」
一瞬、視線を落とし、そして言った。
「聖女は、気づき始めていた」
空気が変わる。
「何に、だ」
騎士団長が低く問う。
魔導士は答えた。
「この国の“前提”に、だ」
静かに続ける。
「魔王が外にいる、という前提」
その言葉に、わずかなざわめきが起きる。
魔導士は肩をすくめた。
「彼女は優秀だった。感知能力も高い」
「だからこそ、“おかしさ”に気づいた」
神谷は黙って聞いている。
魔導士の目が、わずかに歪む。
「この城の中に、“何か”があると」
沈黙。
その言葉は、この場にいる誰にとっても軽くはなかった。
魔導士は続ける。
「だが、それを口にすればどうなる?」
「王国は混乱する。信仰は崩れる。秩序が壊れる」
一歩、ゆっくりと踏み出す。
「だから私は止めた」
その声には、迷いがなかった。
「聖女は危険だった」
言い切る。
それは狂気でも、激情でもない。
ただの判断だった。
「排除する必要があった」
神谷は静かに問う。
「それが正しいと?」
魔導士は一瞬だけ、考えるように目を伏せた。
そして答えた。
「少なくとも、“合理的”ではある」
その言葉に、騎士団長が吐き捨てる。
「ふざけるな……!」
だが神谷は、何も言わなかった。
ただ、魔導士を見ていた。
(人間だ)
狂っているわけではない。
むしろ、理解できる。
だからこそ――危うい。
魔導士は最後に小さく笑った。
「もっとも」
視線を神谷に戻す。
「私だけの意思じゃないがな」
その一言が、わずかに引っかかった。
だが、その意味を問う前に、騎士たちが動いた。
魔導士は抵抗しなかった。
ただ静かに、連行されていく。
その背中を見送りながら、神谷は目を細めた。
(終わった……わけじゃない)
事件は解決した。
論理も成立している。
だが――
何かが、残っている。




