⑦ トリック解明
神谷は、ゆっくりと振り返った。
視線の先には、王、宰相、騎士団長、魔導士――そして騎士たち。
全員が、答えを待っている。
神谷は一歩、前に出た。
「結論から言います」
静かな声だった。
だが、その場の空気を一瞬で引き締めるには十分だった。
「これは密室殺人ではない」
ざわめきが走る。
騎士団長が眉を吊り上げる。
「何だと?」
神谷は続ける。
「“時間差の殺人”です」
沈黙。
言葉の意味が浸透するまで、わずかな間があった。
やがて魔導士が口を開く。
「……どういうことだ」
神谷は、聖女の遺体へと視線を向けた。
「この部屋で、人は殺されていない」
「死んだのはここですが、殺されたのは“もっと前”です」
一歩、歩く。
床に残るわずかな揺らぎを指し示す。
「ここに残っているのは、攻撃の痕跡ではない」
「回復魔法の残滓です」
魔導士の目が細くなる。
神谷は続けた。
「聖女は、死の直前に回復魔法を使っている」
「あるいは――使わされた」
騎士団長が低く唸る。
「傷などなかったはずだ」
「はい。今はありません」
神谷は頷いた。
「ですが、一度は存在した」
「そして“完全に治されている”」
一拍置く。
「ここが重要です」
全員の視線が集まる。
神谷は淡々と説明を続けた。
「犯人は事前に、聖女に“軽い傷”を与えた」
「致命傷ではない。放置しても問題ない程度のもの」
「だが聖女は、回復魔法を使う立場の人間です」
「小さな傷でも、治そうとする」
魔導士が小さく頷いた。
その通りだ、とでも言うように。
神谷は続ける。
「問題は、その回復魔法です」
わずかに、声が低くなる。
「その魔法に、“細工”がされていた」
ざわめき。
宰相が初めて表情を動かす。
「細工……だと?」
「はい」
神谷ははっきりと言った。
「回復魔法の発動過程に、“遅れて作用する毒”が組み込まれていた」
沈黙。
誰もすぐには言葉を返せない。
神谷は構わず続ける。
「回復魔法は、体内の魔力を循環させ、損傷を修復する」
「その流れに毒を混ぜれば――」
「時間差で、内部から破壊できる」
魔導士が息を呑む音がした。
「……理論上は、可能だ」
低く、そう呟く。
神谷は頷いた。
「そしてこの方法なら、犯人はこの場にいる必要がない」
「密室は成立する」
「侵入も不要です」
騎士団長が歯噛みする。
「そんな……馬鹿な話が……」
神谷は静かに言った。
「ですが、条件は全て一致しています」
指を一本、立てる。
「魔力の流れに異常がある」
二本目。
「回復魔法の残滓がある」
三本目。
「そして、毒の痕跡が“変質している”」
魔導士が顔を上げる。
「……通常の毒とは違う、ということか」
「はい」
神谷は答える。
「直接摂取されたものではない」
「魔法の過程で生成、あるいは変化した毒です」
沈黙が落ちる。
誰もが理解し始めていた。
この不可解な状況が、一本の線で繋がったことを。
神谷は最後に言った。
「つまり」
一拍。
「犯人は、あらかじめ殺害を“仕込んでいた”」
「聖女がここで死ぬことは、最初から決まっていたんです」
その言葉が、静かに響いた。
密室は崩れていない。
だが、前提が崩れた。
この部屋は“現場”ではない。
ただの“結果”に過ぎない。
神谷はゆっくりと視線を上げた。
「これが、この事件の構造です」




