⑥ 決定的ヒント
神谷は、再び遺体の前にしゃがみ込んだ。
一度目の観察では拾いきれなかった違和感を、今度は意図的に探す。
(“時間差”が成立するなら)
(何かが残っているはずだ)
目を細め、視線を落とす。
聖女の手。指先。手首。袖口。
変化はない。
次に首筋へ。
白い肌に、傷はない。打撲も、腫れも、痣も。
(やはり外傷は……)
そのときだった。
ほんのわずかに、光の反射が違う場所があった。
神谷は指を止める。
見逃しそうなほど微細な違い。
肌の一部だけが、わずかに滑らかすぎる。
自然な質感ではない。
神谷はさらに顔を近づけた。
(……これは)
指先で触れる。
ほとんど分からない程度の、わずかな違和感。
だが、確かにある。
“修復された跡”。
神谷の中で、何かが繋がる。
「……回復魔法が使われている?」
思わず声に出た。
周囲の視線が集まる。
魔導士が眉を上げた。
「何だと?」
神谷は構わず続ける。
「この部分……一度、損傷している」
「だが今は完全に治っている」
騎士団長が顔をしかめる。
「傷はないぞ」
「はい。だからおかしい」
神谷は静かに言った。
「“治された”痕だけが残っている」
沈黙。
誰もすぐには理解できない。
神谷は立ち上がり、周囲を見渡した。
「回復魔法が使われたなら、元になる“傷”があったはずです」
一拍置く。
「ですが、その傷はどこにもない」
矛盾が、はっきりと浮かび上がる。
魔導士が低く呟く。
「……消えた、というのか」
神谷は首を振った。
「違う」
視線が、再び遺体へ落ちる。
「消えたんじゃない」
静かに、言い切る。
「“治された”んです」
当たり前の事実。
だが、それがこの状況では成立しない。
傷があった。
回復魔法が使われた。
だが、傷は見当たらない。
ならば、その行為は“いつ”行われたのか。
神谷の中で、答えはすでに出ている。
(死の直前じゃない)
(もっと前だ)
時間が、ズレている。
事件の発生地点が、ここではない。
神谷はゆっくりと顔を上げた。
その目には、確信に近い光が宿っていた。
(やはり――)
(これは“仕込まれていた殺人”だ)




