⑤ 神谷の違和感
ざわめきは、すぐには収まらなかった。
騎士たちが低い声で言葉を交わし、誰もが落ち着かない様子で立ち尽くしている。だが神谷の耳には、そのほとんどが届いていなかった。
意識は、目の前の“構造”に向いている。
密室。
外部侵入不可。
魔法の痕跡なし。
条件は、出揃っている。
(成立している)
まずはそこを認める。
扉は内側から施錠されていた。結界は維持されている。窓も抜け道もない。
つまり――
(外からは、誰も入っていない)
これは確定だ。
神谷はゆっくりと視線を巡らせる。
騎士団長の証言も、現時点では矛盾していない。
「誰も出入りしていない」
その言葉通りなら、この部屋にいたのは聖女ただ一人。
(なら、“中から”だ)
思考が一段、深く潜る。
外部が否定されるなら、内部に原因がある。
自殺。
その可能性が一瞬、浮かぶ。
だがすぐに消える。
(違う)
神谷は遺体を見た。
あの表情。
苦悶。抵抗のない苦しみ。予期していない死。
(自分で選んだ死じゃない)
さらに、状況。
準備も痕跡もない。遺書もない。儀式の途中。
(自殺では説明がつかない)
ならば。
(他殺だ)
結論は、動かない。
だが、方法が存在しない。
侵入はできない。魔法は使われていない。物理的接触もない。
それでも、殺されている。
神谷は目を閉じた。
一度、条件を並べる。
固定された要素を、順番に崩していく。
(空間は閉じている)
(人の出入りはない)
(魔法による直接攻撃もない)
ここまで来ると、残る要素は限られる。
神谷は、ゆっくりと目を開けた。
視線が、床を滑る。
わずかに残る、あの揺らぎ。
(魔法は“使われていない”わけじゃない)
(“攻撃”に使われていないだけだ)
魔導士の言葉を思い出す。
「魔法の痕跡はない」
(正確には、“攻撃魔法の痕跡はない”)
ならば。
神谷の思考は、さらに一段進む。
(直接じゃない)
(今、この瞬間じゃない)
そこまで来て、ようやく“穴”が見える。
(時間)
その概念が、静かに浮かび上がる。
神谷は小さく息を吐いた。
(この事件は、ここで起きていない)
視線が、再び聖女へと向く。
(もっと前だ)
(すでに“仕込まれていた”)
その仮定を置いた瞬間、全てが繋がり始める。
密室は崩れない。
侵入も不要。
魔法も成立する。
神谷の口元が、わずかに動いた。
(見えた)
だが、まだ断定はしない。
証拠が足りない。
あと一つ。
決定的な“異物”が、この部屋のどこかにあるはずだ。
神谷は静かに歩き出した。
“時間差の殺人”という答えを、確かめるために。




