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魔王はこの中にいる  作者: 南蛇井


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⑪ ラストの不気味さ

玉座の間に沈黙が落ちた。


 


誰も口を開けない。


騎士たちは視線を伏せ、司祭は祈るように手を組み、侍従たちは顔色を失っている。


 


神谷の告発は、王を追い詰めたように見えた。


 


だが王は取り乱さなかった。


怒鳴りもしない。

弁明もしない。

命令も下さない。


 


ただ、玉座にもたれたまま、静かに笑った。


 


その笑みは侮蔑でも狂気でもない。


むしろ、どこか疲れた者のような穏やかさがあった。


 


「……勇者よ」


 


王の声は低く、よく通った。


 


「人は皆、そうだろう?」


 


神谷は眉をひそめる。


 


王は続けた。


 


「父の前では、従順な子となる」


「民の前では、強い王となる」


「友の前では、気さくな男となる」


 


一人ひとりを見渡しながら、ゆっくりと言葉を置いていく。


 


「求められる顔で、答える」


 


誰かが小さく息を呑んだ。


 


王の言葉は詭弁にも聞こえる。


だが、完全な嘘ではなかった。


 


人は皆、役割を持つ。


職場の顔。

家族の顔。

友人の前の顔。

弱さを隠す顔。

強がる顔。


 


場に合わせて振る舞い、期待に応じ、求められる姿を演じる。


それは欺瞞であると同時に、社会そのものでもある。


 


神谷の胸に、わずかな鈍痛が走った。


 


自分はどうだ。


 


勇者として呼ばれてから、冷静で理知的な探偵を演じてはいなかったか。


不安も怒りも戸惑いも、見せずに。


 


王は神谷を見つめる。


 


「そなたは違うか?」


 


その問いに、神谷は初めて言葉を失った。


 


否定できない。


 


人は他者の期待から自由ではない。


求められる姿に、自らを合わせる。


それは生きるための技術でもある。


 


なら王だけを責められるのか。


王とは、最も多くの期待を背負う者だ。


誰より多くの顔を求められる存在だ。


 


神谷の沈黙を見て、王は微笑む。


 


「私はただ、王であろうとしているだけだ」


 


その一言は、ひどく自然だった。


 


玉座の間にいた多くの者が、その言葉に救われたような顔をした。


ああ、陛下は民のために――と。


 


だが神谷だけは、背筋が冷えていくのを感じていた。


 


王の言葉は真理だ。


 


だからこそ危険だ。


 


真理は、時に最も巧妙な偽装になる。


 


もし“誰もがそうする”ことと、“王が何者でもない”ことが同時に成立しているなら。


 


この男は、人間の本質を語りながら、人間そのものから外れている。


 


神谷はようやく口を開いた。


 


「……それでも」


 


だが続きは出なかった。


 


王はただ静かに笑っている。


 


その笑みは理解者のようであり、捕食者のようでもあった。

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