⑩ 決定的異常
「では、別の問いにしましょう」
神谷の声は静かだった。
玉座の間に張りつめた空気の中、その一言だけが妙に澄んで響く。
王は肘掛けに手を置いたまま、微笑を崩さない。
「申してみよ」
神谷は振り返り、周囲を見た。
騎士。
司祭。
書記官。
侍従。
領民たち。
この場には、立場も願いも違う人間がいる。
だからこそ、試せる。
神谷は再び王へ向き直った。
「先王の口癖は?」
間はなかった。
「“剣は抜く前に勝て”――それが父の言葉だ」
老騎士たちが感嘆したように頷く。
勇ましく、戦人の心を打つ答えだった。
神谷はすぐに視線を司祭へ移し、それからもう一度王を見る。
「同じ質問です。先王の口癖は?」
王は即座に答えた。
「“人は神の秤から逃れられぬ”」
今度は司祭たちが深く頷いた。
敬虔で、教訓めいた言葉。
騎士たちは顔を見合わせる。
先ほどと違うと気づいた者もいる。
だが、誰も声にはしない。
神谷は間を置かず続けた。
「聖女の誕生日は?」
「春の祝福祭、二日目だ」
侍女たちが小さく「そうでしたか」と囁く。
祝祭に結びついた、覚えやすい答え。
神谷は老侍従の方へ一歩寄り、再度問う。
「聖女の誕生日は?」
王は迷いなく答えた。
「初雪の朝だ。城中が祝った」
今度は年長の者たちが懐かしげな顔をした。
印象的な情景を伴う、記憶に残りやすい答え。
ざわめきが起こり始める。
神谷は止まらない。
「勇者召喚の回数は?」
王はすぐに答える。
「初代のみだ。例外はそなた一人」
神谷は書記官へ視線を送る。
書記官は顔をこわばらせる。
昨日の記録では“三人いた”と聞いていたからだ。
神谷は最後に、財務官の方へ顎を向けてから尋ねた。
「勇者召喚の回数は?」
王は一拍も置かず言った。
「三度。いずれも国家存亡の危機に限る」
今度は実務家たちが、合理的な制度説明として納得した顔をする。
玉座の間が静まり返った。
誰もが気づき始めていた。
王は答えている。
しかも見事に。
淀みなく。
自然に。
だが――
同じ問いへの答えが、聞く相手ごとに変わっている。
王の記憶なら、揺れても核は残る。
思い違いでも、どこかに本人の癖が出る。
だが王には、それがない。
相手が騎士なら勇ましい答え。
司祭なら信仰的な答え。
侍女なら情景的な答え。
官僚なら制度的な答え。
その者が最も受け入れやすい形で返ってくる。
神谷は低く言った。
「陛下は覚えているのではない」
王の笑みが、わずかに止まる。
「求められた答えを返しているだけだ」
騎士の一人が後ずさった。
司祭は口元を押さえ、書記官は手の震えを止められない。
王はゆっくりと玉座にもたれ、いつもの穏やかな声で言った。
「民が安心する答えを与えて、何が悪い」
その言葉に、神谷は初めて寒気ではなく確信を覚えた。
この男は、嘘を守っているのではない。
“期待”に応答している。




