⑨ 公開対決
その日の謁見は、いつも以上に人が多かった。
不安は人を王のもとへ集める。
領地争いの訴え。
兵糧不足の相談。
家族失踪の嘆願。
魔王の噂への対処要求。
玉座の前には列が伸び、王は一人ひとりに穏やかに応じていた。
「案ずるな。対策は進めている」
「税の猶予を認めよう」
「騎士団へ命じる」
「祈りは届く」
声は落ち着き、判断は的確で、表情は慈悲深い。
誰が見ても理想の王だった。
その列の最後尾に、神谷は立っていた。
順番が来る。
侍従が名を告げる。
「勇者、神谷殿」
空気がわずかに変わった。
群衆の視線が集まる。
王は微笑んだ。
「どうした、勇者よ」
神谷は玉座の前まで進み、膝も折らずに立つ。
無礼だと息を呑む者がいた。
「確認したいことがあります」
王は寛大さを演じるように片手を上げた。
「許す。申せ」
神谷の声は静かだった。
「陛下」
一拍。
「あなたの記憶は、いつから現在形になった?」
場内の音が消えた。
誰かが息を止める音すら聞こえそうな沈黙。
侍従の顔色が抜け、騎士たちが互いを見る。
問いの意味を理解できぬ者も多い。
だが、ただならぬ侮辱であることだけは伝わった。
王は答えなかった。
微笑みが、ほんのわずかに止まる。
目の焦点が神谷に合ったまま、動かない。
沈黙。
その数秒が、妙に長く感じられた。
神谷は王を見据え続ける。
人が記憶を辿る時、視線は泳ぐ。
過去へ潜るような間がある。
だが王の沈黙には、それがない。
ただ、応答を選別している沈黙。
やがて王が口を開いた。
「……無礼だな、勇者」
低い声だった。
先ほどまでの慈愛を含んだ声音ではない。
場を制圧するための声。
周囲が一斉に頭を下げる。
騎士たちは柄に手をかける。
神谷だけが動かない。
「質問に答えていない」
再び空気が凍る。
侍従が青ざめ、司祭は祈るように胸元で指を組んだ。
誰もこんなやり取りを見たことがない。
王は神谷を見つめる。
その視線には怒りがあるようで、ないようでもあった。
感情に見えるもの。
だが神谷には、それすら選択された反応に見えた。
「勇者よ」
王はゆっくりと言う。
「そなたは疲れている」
労わる口調。
理性的な宥め。
神谷の口元がわずかに歪む。
(来た)
今の相手は神谷。
ゆえに返ってきたのは、感情論ではなく理性の顔。
「話を逸らさないでください」
神谷は一歩進む。
騎士たちがざわめいた。
「あなたは過去を思い出していない」
「その場で、必要な過去を作っている」
王の目が細まる。
「面白い妄言だ」
群衆には余裕ある返しに見えただろう。
だが神谷には違った。
否定ではない。
切り捨てでもない。
“王らしい返答”だ。
神谷は確信する。
この玉座に座るものは、怒っているのではない。
困っているのでもない。
ただ今、最も王らしい応答を返しているだけだ。
その理解が、何より恐ろしかった。




