⑤ 神谷の違和感
王との面会まで、まだ少し時間があった。
神谷は謁見の間へ続く前室で、一人立っていた。
高い天井。
磨かれた石床。
壁に並ぶ歴代王の肖像画。
どの顔も威厳に満ち、揺るがぬ視線で前を見据えている。
だが神谷には、それらすべてが仮面の列に見えた。
(嘘つきなら、一貫した嘘をつく)
人は、自分のついた嘘に縛られる。
過去を偽れば、その辻褄を合わせるために次の嘘を積む。
やがて癖になる。
同じ設定。
同じ口調。
同じ敵と味方。
それが人間の嘘だ。
雑でも、脆くても、一本の線で繋がっている。
神谷は壁の肖像画から視線を外す。
だが王は違う。
昨日は勇猛な若者。
今日は敬虔な信徒。
別の相手には冷静な統治者。
それぞれが矛盾しているのに、それぞれが妙に自然だ。
無理がない。
迷いがない。
演技の綻びもない。
まるで、その瞬間だけ本当にそうだったかのように。
(人格を使い分けている……?)
神谷はすぐに否定する。
違う。
それでは足りない。
使い分けなら、どこかに“本体”が残る。
疲れた時の癖。
苛立ち。
好き嫌い。
反射的な態度。
だが王には、それが見えない。
どの場でも完成している。
必要な顔だけが現れる。
(その場その場で、“自然な人格”になる)
それは人間の器用さを超えていた。
人間はそんなに滑らかに変われない。
どこかに段差が出る。
継ぎ目が出る。
なのに王には、継ぎ目がない。
神谷の背筋を冷たいものが這う。
(人間というより……)
謁見の間の扉の向こうから、人々の声が漏れてくる。
相談する者。
許しを請う者。
命令を求める者。
そして王は、その一人ひとりに“正しい王”として応じている。
(……応答だ)
人格ではなく。
記憶でもなく。
意思ですらなく。
入力された相手に対し、最適な返答を返す何か。
その考えが浮かんだ瞬間、神谷は自分でも嫌になるほどぞっとした。
もしそうなら、王は嘘つきではない。
狂人でもない。
もっと空虚で、もっと正確なものだ。
「勇者殿」
侍従が現れ、深く頭を下げる。
「陛下がお待ちです」
神谷は息を整えた。
「……今行く」
扉がゆっくり開く。
黄金の玉座、その中央に王は座していた。
穏やかな笑みを浮かべ、こちらを見ている。
まるで最初から、神谷に会うための顔を用意していたかのように。




