第6話:王の矛盾 ① 導入:最も信用される者
第5の事件が片づいてなお、城の空気は軽くならなかった。
むしろ、見えないひびだけが広がっていた。
密室は破られる。
誰も入れぬはずの場所で、人は死ぬ。
証言は歪む。
同じものを見た者同士で、語る内容が食い違う。
記録は変わる。
昨日読めなかった文字が、今日には別の意味を持つ。
回復すら信用できない。
癒やしの術が、殺しの道具になる。
何を基準にしていいのか、誰にも分からなくなり始めていた。
その不安は、噂となって城内を這い回る。
「次は何が嘘になるんだ」
「もう自分の目も信じられん」
「魔王がいるなら、どこにでもいる」
厨房でも。
兵舎でも。
礼拝堂でも。
人々は声を潜めて話し、話した後で周囲を見回した。
疑いは感染する。
だが、人間は疑いだけでは生きられない。
だからこそ、皆が最後にしがみつくものがあった。
王。
謁見の間へ向かう回廊には、朝から列ができていた。
税の相談に来た商人。
巡回増員を願う兵士。
家族の安全を嘆願する侍女。
誰もが口にする。
「王がいる限り大丈夫」
「陛下は正しい」
「陛下なら、何とかしてくださる」
その言葉には祈りが混じっていた。
神谷は少し離れた柱の陰から、その列を見ていた。
人は混乱すると、答えを欲しがる。
迷えば道標を求める。
世界が揺らげば、揺れないものを探す。
王とは、そのための装置だ。
正しいと信じられる誰か。
責任を預けられる中心。
崩れた現実の、最後の支柱。
神谷は群衆の顔を眺める。
疲れた目。
怯えた声。
それでも王の名を口にする時だけ、少しだけ安堵する表情。
(人は、壊れるほど“中心”を求める)
それは弱さではない。
構造だ。
自分では抱えきれない不安を、誰か一人に集める。
そうしなければ、集団はばらばらになる。
玉座の扉が開いた。
衛兵の声が響く。
「陛下、御入来!」
人々が一斉に頭を垂れる。
ざわめきが消え、空気が整う。
王は赤い外套をまとい、静かな足取りで玉座へ向かった。
表情は穏やかで、姿勢は揺るがない。
不安も疲労も、微塵も見せない。
見事な王だった。
神谷もまた、その姿を見つめる。
(……だからこそ)
もし、その中心が揺らいでいたなら。
もし、人々が最後に信じるものまで歪んでいたなら。
この城は、何で立っているのだろう。
王が玉座に腰を下ろした瞬間、群衆から安堵の吐息が漏れた。
その音だけが、神谷には妙に寒々しく聞こえた。




