⑬ ラスト
夜。
城の回廊には灯火だけが並び、長い影を石床へ落としていた。
人の気配はない。
遠くで衛兵の足音が一度響き、また消える。
神谷は一人、窓辺に立っていた。
外は暗い。
城壁の向こうには、形のない夜が広がっている。
手には、今日の記録書。
死亡時刻。
検知結果。
回復魔法の残滓。
紙に書かれた文字は整然としていた。
だが、その整然さがむしろ不気味だった。
神谷は目を閉じる。
(毒は消せる)
回復魔法で、体内の異物は除去される。
証拠も痕跡も消える。
(痕跡も消せる)
検知不能。
原因不明。
死だけが残る。
そこまでは理解できる。
理屈として、成立している。
だが――
神谷はゆっくりと目を開けた。
窓ガラスに、自分の姿がぼんやり映っている。
(“正常”とは何だ?)
小さく息を吐く。
回復魔法。
この世界の誰もが疑わない力。
傷を塞ぎ、熱を下げ、毒を祓い、人を救う術。
それは“元に戻す”力だと、皆が言う。
元に戻す。
なら、その“元”はどこにある。
昨日の身体か。
生まれた時の身体か。
術式が定めた理想形か。
誰がそれを決めている。
侍女の言葉が蘇る。
――戻った気がしない。
神谷の指先が、記録書の端を強く握る。
(その“元”が間違っていたら?)
もし回復が、治療ではなく。
もし回復が、身体を“正しい形”へ矯正する行為だとしたら。
その正しさが狂っていた時――
救いは、何になる。
静寂。
遠くで風が鳴った。
神谷は暗い窓へ向かって、ほとんど独り言のように呟く。
「回復は、本当に“治している”のか?」




