⑪ だが違和感(重要)
医師が連行された後、部屋には重い静けさだけが残った。
騎士たちは遺体の搬送準備を始め、侍女たちは目を伏せて後片付けに入る。
誰もが事件は終わったと思っていた。
神谷以外は。
彼は窓際に立ち、薄曇りの空を見ていた。
(まただ)
心の奥で、その言葉が沈む。
事件は解けた。
手口も、犯人も、動機も揃っている。
論理として破綻はない。
それなのに――
胸の底に、わずかな引っかかりが残る。
神谷は振り返り、遺体のあった床を見る。
そこにはまだ、かすかな痕跡だけが残っていた。
毒の量。
多すぎれば即死し、回復の前に騒ぎになる。
少なすぎれば助かる。
ちょうどよく苦しみ、ちょうどよく死ぬ量。
回復のタイミング。
早すぎれば助命になる。
遅すぎれば毒が検出される。
症状が進み、なおかつ証拠だけ消える瞬間。
そして、ダメージの残り方。
毒だけ消え、身体機能の損傷だけが残る。
都合よく。
綺麗に。
完璧に。
(こんなに綺麗に決まるか?)
神谷は目を細めた。
毒殺は計算が狂いやすい。
体格、体調、食事、吸収速度。
人間の身体は単純な器ではない。
まして回復魔法など、不確定要素の塊だ。
術者の精度。
術式の癖。
対象の抵抗。
それらすべてが噛み合って、初めてこの結果になる。
成功率が、異様に高すぎる。
「勇者殿?」
振り向くと、若い魔導士が立っていた。
「何か……まだ問題が?」
神谷は少し考え、首を横に振った。
「いや」
答えながらも、思考は止まらない。
第1話の密室。
第2話の証言の乱れ。
第3話の変化する記録。
第4話の揺らぐ空間。
そして今回。
人間の犯行として説明はつく。
だが、どれもどこか“出来すぎている”。
まるで――
誰かが、人間の悪意を最も成立する形に整えているように。
(……考えすぎか)
そう切り捨てようとした瞬間、背筋に冷たいものが走った。
部屋の隅。
薬棚のガラス扉に、自分の姿が映っている。
その顔が、一瞬だけ見知らぬものに見えた。
瞬きをすると、元に戻る。
ただの疲労か、光の加減か。
だが神谷の胸中に、嫌な確信だけが残った。
(人間の事件は解ける)
(だが、その“起こり方”が不自然だ)
視線を窓の外へ戻す。
曇天は、なお低い。
(この城には、まだ別の何かがいる)




