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魔王はこの中にいる  作者: 南蛇井


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⑩ 犯人特定

神谷の説明が終わっても、誰もすぐには動けなかった。


 


毒殺。


しかも、回復魔法で痕跡を消す。


 


あまりに倒錯した手口だった。


 


だが神谷にとって、問題はそこではない。


 


方法が分かれば、次は人間だ。


 


誰ができたか。


誰がやったか。


 


神谷はゆっくりと部屋を見渡した。


 


「この手口には条件がある」


 


誰も声を出さない。


 


「毒の作用を理解していること」


 


「致死量、発症速度、症状の進み方」


 


「そして――」


 


一拍置く。


 


「回復魔法の挙動を知っていること」


 


医師と魔導士の肩が、同時にわずかに強張った。


 


神谷は続ける。


 


「毒を入れるだけでは駄目だ」


 


「回復が早すぎれば助かる」


 


「遅すぎれば毒が検出される」


 


「症状が出て、致命傷となり、なおかつ証拠だけ消える瞬間」


 


「そのタイミングを測る必要がある」


 


騎士が低く唸る。


 


「そんなことができる者は……」


 


神谷は答えた。


 


「限られる」


 


視線が、二人へ向く。


 


宮廷医師。

若い魔導士。


 


部屋の空気が張りつめる。


 


医師は険しい顔で言った。


 


「待ってください。私は被害者を診ていた側です」


 


「だからこそ知っている」


 


神谷は切り捨てる。


 


「身体がどう壊れるかを」


 


魔導士も一歩前へ出る。


 


「私にも知識はあります。だが、それだけで犯人扱いですか」


 


「違う」


 


神谷は淡々と答えた。


 


「知識だけでは足りない」


 


部屋の隅に置かれた薬棚へ歩み寄る。


 


瓶が整然と並んでいる。


 


その一角に、わずかな空白があった。


 


「被害者は昨夜、研究資料をまとめていた」


 


同僚薬師エドガーが顔を上げる。


 


「……ええ」


 


「新しい薬剤の配合記録もあったな」


 


「ありました」


 


「今は?」


 


エドガーは息を呑んだ。


 


「……一部、ありません」


 


神谷は振り返る。


 


視線の先には、宮廷医師がいた。


 


「あなたは被害者と対立していた」


 


医師の表情が固まる。


 


「新薬の認可権を巡って」


 


「それは業務上の意見の違いです」


 


「被害者は、既存の治療法を否定し始めていた」


 


神谷の声に温度はない。


 


「あなたの立場を脅かすほどに」


 


沈黙。


 


医師の拳が震えていた。


 


「……あの男は危険だった」


 


誰かが息を呑む。


 


医師は絞り出すように続ける。


 


「効率だけを求め、人体実験まがいのことまで言い出した」


 


「止めなければ、もっと死人が出た」


 


神谷は一歩近づく。


 


「だから殺したか」


 


「……!」


 


医師は言葉を失った。


 


それが答えだった。


 


神谷は静かに告げる。


 


「毒の量を決めたのはあなたの知識」


 


「回復のタイミングを測れたのもあなたの知識」


 


「被害者に診察を口実に近づけたのも、あなたの立場だ」


 


医師の膝が崩れ落ちる。


 


床へ手をつき、俯いたまま震えていた。


 


「……私は……」


 


「救うために学んだ」


 


かすれた声。


 


「なのに、あの男は人を壊そうとした」


 


「だから……」


 


神谷は何も答えなかった。


 


騎士たちが近づき、医師を拘束する。


 


誰も勝利の顔はしていない。


 


これは魔王の仕業でも、呪いでもない。


 


知識ある人間が、知識で人を殺した事件だった。


 


神谷は遺体を見下ろし、内心で呟く。


 


(また、人間だ)


 


世界が歪んでいても。


 


人を殺すのは、いつも人間だった。

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