⑨ 推理披露
「全員、聞け」
神谷の声は大きくなかった。
だが、その一言で部屋のざわめきは止んだ。
誰もが彼を見た。
医師も、魔導士も、騎士も、侍女も。
そして壁際で青ざめている同僚薬師も。
神谷は遺体の横に立ち、静かに告げた。
「毒は存在した」
空気が揺れる。
即座に魔導士が言い返す。
「あり得ません。検知魔法は――」
神谷は視線だけで黙らせた。
「ただし――」
一拍。
「今は、もうない」
部屋が静まり返る。
理解できない沈黙だった。
医師がかすれた声を漏らす。
「……消えた、と?」
神谷は頷く。
「回復魔法で“消された”」
誰かが息を呑む音がした。
侍女は口元を押さえ、騎士は眉をひそめる。
“回復魔法”。
その言葉と“殺人”が結びつかないのだ。
神谷は机の上のグラスを手に取った。
「順に説明する」
グラスを掲げる。
「まず、被害者は毒を摂取した」
「水か、食事か、薬か。そこは手段の問題だ」
「毒は体内で作用し、呼吸器や循環機能に障害を起こした」
遺体へ視線を向ける。
「苦しんだ痕跡が、その証拠だ」
喉の爪痕。
苦悶の表情。
口元の泡。
誰も否定できない。
神谷は続ける。
「次に、回復魔法が使われた」
魔導士が低く呟く。
「痕跡は……確かにありました」
「回復魔法は身体を正常な状態へ戻す術だ」
「つまり、異常を取り除く」
神谷の目が細くなる。
「毒は身体にとって異常物質だ」
「なら、術は毒成分を分解し、排除する」
医師がはっと顔を上げた。
「では……体内から毒だけが消える」
「そうだ」
神谷は頷く。
「だが、毒が与えた損傷までは消えない」
「肺への障害。循環不全。神経への負荷」
「毒そのものは消えても、壊れた機能はそのまま残る」
部屋に重い沈黙が落ちた。
神谷の声だけが響く。
「結果、被害者は死ぬ」
「毒は検出されない」
「証拠も残らない」
「だが死因だけが残る」
騎士が呻くように言った。
「そんな馬鹿な……」
「馬鹿ではない」
神谷は即答した。
「理屈だ」
侍女が震える声で尋ねる。
「治す魔法なのに……なぜ……」
神谷は彼女を見た。
「刃物が料理にも殺人にも使えるのと同じだ」
「力に善悪はない」
「使う人間にしかない」
部屋の誰もが言葉を失っていた。
回復魔法は救済だった。
治療だった。
希望だった。
その常識が、今この場で反転した。
神谷は遺体を見下ろす。
(見つからない毒じゃない)
(消された毒だ)
それだけで、事件は一気に現実へ引き戻される。
魔法でも呪いでもない。
人間が、人間を殺しただけだ。




